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お通夜の夜。

お通夜の夜。
ロウソクとお線香を絶やさないように、棺の近くで寝ずの晩をする。
父の棺は、祭壇から僧侶用の待合室に移動された。
ワタシと夫は、待合室のとなりの12畳の部屋に泊まった。
2階建の葬儀会館は施錠され、館内にいるのはワレワレ3名(生きてる人2名、死んでる人1名)だけとなった。

「何かあると困るから」とロウソクやお線香は付けてはいけないこととなり、ワレワレがやらなくてはならないことは特別にはなかった。

蜜月パーティのスタートだ。

棺を開けて、父の顔に触った。
ドライアイスで冷やされているものの、耳たぶは耳たぶらしく、眉毛は眉毛で、頬ぼねは頬ぼねのままそこにあった。ワタシはそっと触って、徐々につねって、引っ張ってみたりもした。日本人にしては高くてかっこいいと言われていた父の鼻をつまんだり(「お前の鼻は低いから洗濯バサミでつまんでおけ」とよく言われて本当に実践していたことを思い出した)、鼻の穴に指を突っ込んだり(生きてたら怒られる)、唇を開けたり閉めたり、まぶたをそっと開けて眼球を見たりした。眼球は白く灰色に濁っていた。開いたまま閉じなくなることを恐れてその辺でやめておいた。それにしてもホラー映画いのゾンビのように、耳たぶが欠けたり、鼻がもげたり、肌の皮膚がドロ〜っと溶けたりしないんだな。

ありきたりの言葉だけど「まるで生きているみたいだ」。
でも残念なことに、、、父は起き上がらなかった。起き上がって、あの理不尽な怒りを見せておくれよ。って思う自分に驚く。ワタシはずっと父の理不尽な怒りを嫌っていた。幾度も喧嘩をした。それは母や家族のこころを傷つけてきたはずなのに。死ぬとすべては綺麗事になるのだろうか。

ワタシは父にかけられている白いウレタンみたいな布を剥がして、父の全体を見た。浴衣を着て白い足袋と草鞋をはかされていた。病気と闘うために、鍛えられた筋肉や脂肪は使いつくされて、もう骨のコンストラクションしか残っていない。足首をにぎって揺らすと、骨の接続から力が伝わり身体全体が揺れた。それは骨組みだけの簡素なもので、生きてる人の「ゆらゆら」はない。

「ギクギク」。

そっと浴衣を剥がして喉仏をみる。そこには深い深い穴があった。
それはまるで、ワタシを吸い込もうとしているみたい。

怖くなって、浴衣の襟元を元に戻した。

棺のふたをそっと戻し、窓から父の顔をみた。

いま思い返すと、父の身体全部を見ておけば良かったと思う。
左腕にあったこぶし大のアザはどうなったかな。あれは点滴のし過ぎでできたもの。肌色の大きな絆創膏が貼られていた。家族に見られないように看護婦が貼ったのだろう。爪はどうなっているかな。左手と両足の爪は亡くなる1週間前に切ったけど、右手の爪は機器が取り付けられていたので伸びたままだろう。内臓はすべて萎んで、みぞおちは深いくぼみになっているだろう。ワタシをつくってくれた陰部はどうなっているだろう。お風呂上がりに裸で出てきてぶらぶらさせていたあの一物はまだ付属しているのだろうか。そんなすべてを見ておけば良かったな。

ワタシと夫は通夜ばらいで残った酒を飲み、棺の前で、父のことお葬式のこと家族のことを長く話した。2時ごろまで飲んで、明日もあるからと布団に入って、抱き合って、コロリと寝てしまった。


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