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Vol.5 働くことについて学んだあの頃のこと。

昨日の朝は、これからの働き方について考える「WFH」という会でお話しさせていただく機会を得た。そのために数週間前からやんわり考え続け、資料をまとめ、そして昨日は発表し、また終了後多くの方とメッセージで語り合うことができ、自分自身の「働き方」と、アウトプットとしての「働くことに対する考え」が頭の中で巡り続ける1日になった。

そもそも私が働き方をテーマに仕事をしているのはいつからだろう。人事経験者でもビジネス誌や就職誌出身でもなく、キャリアカウンセラーの資格も持たないが、働き方をテーマにした多くの仕事をさせていただいてきた。「働き方」が注目されるようになった時代の流れもあるし、女性誌編集部時代もそういったテーマは多く担当してきたので、その経験にご発注くださったのだろうが、もっと振り返ると、私が24歳になったばかりのころ、編集職で最初に関わった媒体が、思いがけず「働き方」をテーマにしていたことに気づいた。

それは大手化粧品メーカーの最高峰のブランドの、取扱店に向けた教育ツール。24ページほどのその冊子は、最高峰ブランドを扱う店として、ブランド価値を理解し、美容知識とホスピタリティを学んでもらうことを目的にしていた。私が入社した制作会社で立ち上げから請け負い、3号目ほどまで出ていたが、ベテラン社員ふたりが抜けることになって、引き継ぎとして運良く潜り込んだ私が、未経験ながら一冊丸ごと任せてもらう機会を得たのだった。それは編集のイロハを学び、美容のイロハを学ぶ経験だったと思っていたが、「働き方」のイロハもあそこで学んでいたな、と四半世紀を経てようやく気づいた。

表紙には季節感とラグジュアリー感を伝えるビジュアルをデザイナーとともに毎回制作。
扉にはシーズンのファッショントレンド。高級コスメを扱う地方店のスタッフはテレビや雑誌では得られないハイセンスな情報の発信者にもなるようにと願い、WWDや繊研新聞でコレクション情報を集め、プレスに画像を借りて最新の情報を届けた。
巻頭はおもてなしインタビュー。どんな小さな店でも、5万円のクリームを売るのだから最高のおもてなしをという思いから、京都の炭屋旅館、タニノクリスチー、ホテル西洋銀座など、一流店の接客とホスピタリティを取材した。
続いて季節情報。外気環境やイベント、それを踏まえた肌状況についてを、美しいイラストともにエッセイふうに紹介する。普段店内にこもっている方々が、今、外はどんな様子で、街はどんな行事で賑わい、肌はどんなお悩みを抱えているのかを理解し、それを美しい言葉でお客様との会話にのせてほしいという思い。
その次には、季節のおすすめアイテムや新色のメイクのテクニックのページ。もちろんハウツーを網羅したブックは別にあるが、その中から特にピックアップしたい内容にしぼり、美しいビジュアルで見せることがカギ。どれか一つのテクニックでも自信を持ってマスターして、お客様に伝えてほしいと願って。
同ブランドを扱う全国の有力店を巡り、接客の工夫や情熱を伺うページも。ここは一番リアリティのある枠。売り上げの上げ方がわからないという店に、悪条件でも気合いの入った店の仕事ぶりを聞いてヒントとモチベーションアップにつながれば、と。
さらに愛用者インタビュー。ご自宅を訪れ、お客様がどんなライフスタイルで、どんなふうに化粧品を選び、使い、どんなお悩みや期待を持っているのかなど、普段なかなか店頭では知り尽くせない内面を知ってもらう機会に。
その後、季節のお客様へのお礼状やお誘い、お誕生日祝いなどの文例を、実際にカードに書き文字にして紹介。お礼状を書かなくてはと思うけれど時間が取れない、筆不精、書くことが思いつかないというお店の方になり代わって、接客のシーンやお客様との関係性を想像しながら、お手紙文例の本などを何冊も参考にしながら書いていたように思う。

だいたいこんな構成。店には別の媒体でも重複した内容のものも多数届いていただろうが、「このブランドを扱う店ならこの一冊を読んでおけばまずは大丈夫」というような冊子を目指していた。私は立ち上げには関わっていないが、おそらくその時にも随分議論したのだと思う。「ファッション販売」などの雑誌も参考にしつつ、そこにラグジュアリー感を演出することを考えながら、必要な要素を厳選していったのだろう。

今よりもっと豊かな時代で、ものづくりにも時間をかけていたし、私の勤めていた制作会社の社長も、美容業界でちょっと顔の知れた、気合の入った名物社長だったし、クライアントの担当者の方々も情熱的だった。当時はインターネットなんかなくて(その会社にパソコンを導入し、ダイヤル回線を引き、メールアドレスを設定したのは私だ。)業界紙誌をある限り読み漁り、マガジンライブラリや大宅壮一文庫に足繁く通って情報収集していた。企画を決めるにも「今月は炭屋旅館です」というわけにはもちろんいかず、3案ほど候補を立て、それぞれの店がどんな理念を持ち、どんなサービスを行っているかなどがわかる過去記事を集め、それが配布先の店にどう役立つのかまで企画書にまとめ、プレゼンしなくてはいけなかった。クライアントに提案する前に自社の社長に提案しなくてはいけないから、1号につきもっと候補はあったはずで、一夜漬けとはいえ毎月かなりの数のサービスを、読み込み、経験したかのように語れるまで咀嚼していたと思う。

良い接客をするためには何が必要か、ホスピタリティとは何か、ブランドにどんな誇りをもち、お客様にどんな思いを抱くべきか。お客様の何を知るべきか。お客様に何をどんなふうに伝えるべきか。毎日そのことを考えられたあの時代に感謝する。人のために動くと書いて働く。すべての人は直接間接を問わず接客業だと思う。働くとはどういうことか、その意識と行動を伝える一冊を作り続けたあの日々は、あそこに自分で書いたことのひとつひとつが、私自身の働き方のベースになったと改めて思う。

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