元気ですか?笑っていますか?
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元気ですか?笑っていますか?

櫻野優里亜(ゆりあ)

今回は、大切な友達の2人(MさんとYさん)のことを書こうと思う。

小・中学校の親友、Mさん

1人目のMさんは、私の小・中学校時代の親友だ。というか、大人になっても親友だった。

私は小学校時代から酷いいじめに遭っていた。Mさんはそんな私にも普通に接してくれた。それがどんなに嬉しかったか。彼女には今でも感謝の気持ちでいっぱいだ。

学年のほとんどの男女にいじめられて辛かったけど、彼女を始め数人だが普通に接してくれる友達がいたから、私は学校に通うことができた。

中学時代になるといじめは更に酷くなったが、Mさんとはもっと仲良くなっていて、いろいろな話をした。

高校に上がると、私とMさんは違う学校になったが、Mさんの高校にいたのが、もう一人の大切な友達であるYさんだった。

学校外でも大切な友達ができた

Yさんと出会ったことで、私は学校外にも大切な友達が出来た。小・中学時代のいじめの通らうまで、高校ではほとんど黙って過ごしていた。気づけば1日中誰とも話さないなんてザラだった。

学校内でも友達と呼べる人はできて、その人と軽く芸能の話をすることはあったけど、基本は静かに過ごしていたのだ。

そんな私だったけど、Yさんとは元の自分に戻り、2人でマシンガントークを繰り広げていた。私とYさんは同じアーティストが大好きなこともあり、話が止まらなかった。

MさんとYさんと私。よくこの3人で会って話していた。

3人とも20歳になりお酒を飲むように

高校3年間を3人で仲良く過ごし、気づけば20歳になっていて、お酒を飲むようになった。MさんとYさんのほかにも、Yさん繋がりで何人かの友達ができた。

Mさん、Yさん、私の3人でも何回か飲みに行ったし、Yさん、私、他のメンバーで飲んだこともある。私はとにかくお酒が弱く、ほとんど飲めなかったけれど、仲良しの人達と話をして笑うのがとても楽しかった。

ある時、Yさん達と一緒に行った飲み屋で、初めて飲み放題を注文した。その店の飲み放題にはワインもメニューに含まれていた。みんなワインを飲んだことがなかったので、『飲み放題で飲めるなら頼もう!』と盛り上がりワインを注文。

初めて飲んだワインは美味しいとは思えず、それ以来私はワインが飲めなくなってしまった。そんな失敗談も楽しい思い出の1つだ。

私が子供ができてからあまり会えなくなった

私は23歳で結婚し、子供が生まれたのだが、そうなると私は子育てに忙しく、2人には以前のように頻繁に会えなくなってしまった。特に、全然住む場所が違うYさんとは会うことが難しくなった。

Mさんとは同じ地域に住んでいたので会うことはできたけれど、彼女も結婚したので、それぞれ忙しくなってしまった。

みんなで集まれた花火大会

そんな中で、私の息子も少し大きくなってきたので、もう大丈夫だろうと、家族全員で電車に乗って花火大会に行ったことがある。

そこにはMさん夫婦もYさんもいて、それぞれの家族や生活は変わったけれど、私とMさん、Yさんは友達のママ花火を見ながら、昔に戻ったようにたくさん話したことを覚えている。

私の子供も大きくなってきたし、子供連れになるけどまた遊ぼうね。そう言って3人で笑っていた。

ある日地元でYさんとバッタリ

花火大会から1年くらい過ぎたある日、私が子供を連れて地元を歩いていると、なんとYさんとバッタリ会った。

先ほども書いたが、Yさんは私とは住んでいる場所が全く違うので、私の地元で会うことはかなり珍しいことだった。私は驚いて声をかけた。Yさんも笑顔で答えてくれ、少し立ち話をした。

彼女は仕事でこっちに来た、と言っていた。

Yさんは笑って、『〇〇君(私の子供の名前)大きくなったね。あなたにそっくりだね。また○○君連れて遊ぼうね。子供も楽しめるところで』と話してくれた。私は嬉しくてうん!と頷き、笑顔で『またね!』と別れた。

もちろん、また絶対会えると思っていた。

運命の日

私はYさんとは実際に会えなかったけど、メールのやり取りをしょっちゅうしていた。その日の数日前まで普通にメールで楽しい会話を繰り広げていた。

2009年のある日、私の携帯が鳴った。画面にはYさんの名前。電話なんて珍しい!でも私も話したかったし。と嬉しくなって電話を取った。

しかし、電話の声はYさんの声ではなかった。Yさんの親族と名乗ったその人は『Yが亡くなりました』と私に告げた。

まさに頭が真っ白になった。しばらく言葉が出てこなかった。今考えるとすごく申し訳ないけれど、最初に出てきた言葉は『は?』か『え?』のどちらかだった。(気が動転していて覚えていない)

Yさんの携帯には私とのメール履歴が残っており、それを頼りに最初に電話したとのことだった。

親族の方の話を聞きながらも、言葉は完全に右から左へと流れていった。頭の中はなんで?でいっぱいだった。それと嘘だ!この2つ。それでも、実感なんてあるわけないから、親族の人との電話を切った後、ただ事務的にMさんをはじめとした知人達にたくさん連絡をしたのだった。

その後、実感がないままYさんの家に行ったのを覚えている。初めて行ったYさんの家。まさか彼女が亡くなったという理由で初めて訪れるとは思わなかった。Yさんの家には、Yさんと遊ぶために訪れたかった。強くそう思った。

お通夜に参列した。強く覚えているのはYさんの遺影だ。実感はこの時点でも全くないので、涙は一度も流さなかった。

Yさんがいなくなったのをやっと実感した

それから数か月後。大好きなアーティストがとある曲をリリースした。何気なく聴いていた私は、後半の歌詞を聴いて、Yさんがいなくなってから初めて号泣した。

もうYさんはいないんだ。あの時笑顔でまたねって別れたのに。また遊ぼうって言ったのに。数日前までメールしてたのに。いつか大好きなアーティストのライブに一緒に行こうと話していたのに。
またいつもの笑顔で息子を見て『〇〇君大きくなったね』って言ってほしいのに。

もう二度と会えないんだ。もうどこにもいないんだ。

そんな気持ちが溢れて涙が止まらなくなった。

Mさんは私の相談に乗ってくれたが引っ越していった

Yさんがいなくなった後も、Mさんとは時々会って話をしていた。私が別居(その後離婚)したときも話を聞いて、励ましてくれた。

そんなMさんだったけど、旦那さんの仕事の都合で、同じ県内だがちょっと遠いところに引っ越すことになった。

あの時は、連絡方法はたくさんあるし、Mさんの引っ越し先に行く方法も電車などたくさんある。だからすぐ連絡できるし、また会える。そう思いながら引っ越しするのを見送った。

会えなくなって時が過ぎた

Mさんが引っ越して、そして連絡ができなくなって、どのくらい経っただろう。Yさんが空に逝ってから、もう10年以上たつ。Mさんはどこかで、Yさんは空の上で、笑顔で幸せに過ごしていてほしい。そう心から願っている。

いつかまた笑顔で再会したい

もし、いつかMさんとまた再会できたら、また昔のように友達同士に戻れるだろうか。そうだとしたら、また二人で会って、会えなかった期間のことをたくさん話したあと、Yさんの話をしながら一緒に飲みたい。私はお酒が弱いままだけど、飲みながら話して、笑い合い、ちょっとだけ泣くのはきっと楽しい。

Mさん、Yさん、元気ですか?それぞれの場所で笑って過ごしていますか?私も笑って過ごせるように精一杯生きるよ。またいつか、笑って会おうね。

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櫻野優里亜(ゆりあ)
宮城県在住のフリーライターです。得意分野は主にエンタメ・ガジェット・乗り物全般・占いなどです。アニメ、声優、GLAY、嵐、ももクロが大好きです。 noteには、ポートフォリオの他、ブログに近いような記事を執筆していきます。 よろしくお願いします。