saboru

「サボる」というのはこの上ないパワーワードなのかもしれない。

疲れたから勉強サボろ。部活サボって遊びに行こ。

疲れた時、辛い時、リフレッシュしたい時。サボることによって、人は解放される。

辛い状況に立たされた時、楽な方にいきたがる。


サボるというのはその行為自体とても簡単。ある行動を起こさなければいいだけ。

しかしそれにはもれなく背徳感がついてくる。後から、「あの時しっかりしておけば。。」と罪悪感にさいなまれる。


ではどうして私たちはサボってしまうのだろう。

サボることで自由な時間が生まれて自分の好きなように使うことができる。自由気ままに時間を使える幸せを知ってしまったから。そして、自身を追い詰める何かから逃げ、楽な状況を求めてしまうから。



一度サボることを覚えてしまうとなんて楽なことがあるんだと感動する。

初めてサボった時に味わった達成感、開放感を忘れることができずにまたサボる。


それをいつ初めて味わったのか。

サボるということをこれまでたくさんしすぎて忘れてしまった。




人間誰しもずっと楽でいられるなんてほぼ100%不可能。

何かしらやりたくないことがあって、逃げ出したくなる。

そんな時に「サボる」。心の中の悪魔が楽な方へと誘惑する。


嫌なことがあってもそれを楽しいと思えるようになればサボらなくなるのかもしれない。


つまり、人生楽しんだ者勝ち


この結論に至った。