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BROCKHAMPTONはいいぞ!vol.21 元メンバーのAmeerがソロEPをリリース

こんばんは、BROCKHAMPTONヤクザのナカジです。
表題の通り2019年9月18日、BROCKHAMPTONの元メンバーAmeer VannがソロEP「EMMANUEL」をリリースしました。
2018年春に彼がBHを脱退してから1年余り、初めてリリースされた作品です。

このファンジンでもいつか彼のことについて整理して書かなきゃな〜と思いつつ、来日だ新作だといろいろあってここまで手をつけてなかったのですが、EPも出たことですし重い腰を上げて書きたいと思います。
彼はBHでどういう存在であったか、なぜBHを去ったのか、そしてこのEPはどんな作品なのか、そして未だに一部ファンの間で根強いAmeer復帰を望む声とそれに対する個人的意見をまとめます。

最初に断っておきますが、私は2018年夏にシングル「1999 WILDFIRE」が解禁されたタイミングでBHを知りファンになったので、Ameer在籍時をリアルタイムで知りません。
なのでこれから書くことは『SATURATION』シリーズ後追いファンの視点ですし、Ameerがいる状態のBHに未練や執着がない人間が書いていると思ってください。

●プロフィールと在籍時の存在感

まずはざっと彼のプロフィールから。
本名:Ameer Emmanuel Vann(「アミール」という表記も見かけますが、Kevinが「Corpus Christi」でラップしてるところから判断するに発音は「アミィアー」が近いようです)
出身地:テキサス州ヒューストン
誕生日:1996年9月22日

AmeerはKevinやMatt、Merlyn、Jobaが通っていたテキサス州ウッドランドの高校の生徒でKevinと同学年でした。AmeerがスケボーをやっていたところにKevinが声をかけて仲良くなり、一緒に音楽活動を始めます。BHの前身とも言えるプロジェクト「AliveSinceForever」にも参加していました。Kevinと一緒にBHを立ち上げたコアメンバーと言ってよいかと思います。

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ご存知「SATURATION」シリーズの3作品のジャケットも全てAmeerの写真です。
十数人いるメンバーのうち、なぜ彼だけを全面的にフィーチャーしたのかは不明ですが(「SATURATION 3」の青塗りで涙を流している写真はAmeer以外にもメンバー全員のカットが存在します)、この3作品のジャケに大々的に登場したこともあってAmeerの顔と名前を早く覚えた人も多いんじゃないでしょうか。

リリックは自身の生い立ちや置かれた環境について綴ったものが多いです。
夫婦喧嘩が絶えない家庭環境(時には父親が母親に暴力をふるう様子も描写されています)、喧嘩ばかりの問題児として扱われた少年時代、母親に白人ばかりの学校に通わされ差別を受けた体験などを曲の中で明かしています。

ラップのスタイルとしてはDomほどフロウのバリエーションはないものの、すぐ彼だとわかる低音のシグネチャーボイスは唯一無二。彼が怒りをこめて自分の鬱屈や激情を繰り出す時は、他のメンバーには出せない凄みがありました。
背が高くてスタイルもよく、Jobaと並んでステージ映えする存在でもありました。後からAmeer在籍時のライヴ動画を漁った私ですら、彼のパフォーマーとしての存在感には惹かれましたからね。今の6人でも充分にパワフルですが、彼がいる状態のライヴを一度観てみたかった気もします。

●バンドを去ることになった経緯

2018年春、Ameerの元交際相手だった女性が彼の性的虐待を告発しました。
女性によるとAmeerは、女性との性交渉の場面で肉体的・精神的虐待を加えることがあったとのこと。また、彼女との交際中に他の女性とも関係を持っており、被害者は複数いること、未成年の女性ファンと性的関係を結ぼうとしていた証拠もあるとのことでした。

Ameerは当初この疑惑について自身のTwitterで言及(現在は削除済み)。
複数の女性と同時に関係を持ったことについては自身の不誠実さを謝罪しましたが、性的虐待については否定しました。

この告発を受けBHは2018年5月、ステートメントを発表。
彼ら自身も「Ameerに欺かれていた」とした上で、Ameerの脱退(実質的には解雇)をアナウンスしました。
また、「BROCKHAMPTONはあらゆる虐待を容認しない。このことが被害者の苦しみの解決にはならないが、物事が正しく進むことの一歩であることを望んでいる」としています。

これに伴って予定されていたライヴは全てキャンセルされ、新作「PUPPY」のリリース予定も白紙撤回。グループは一時休止に入り、セラピーのための時間としてハワイでバケーションを取ります。

BHの結成メンバーでありKevinの一番の親友でもあったAmeerの解雇は、ファンにとっても相当な衝撃を与えました。たまにRedditなどを覗くと、「Ameerの解雇は妥当だったか」という議論は未だに続いているくらいです。まあ、レッチリファンでも未だに「俺はジョンのギターじゃなきゃ嫌だ」とか言ってる人もいるくらいなんで、この手の議論は終わりがないのでしょう。

そしてTwitterで「Ameerを解雇するべきじゃなかった」という思いをメンバーにぶつけたファンに対し、Domは彼が解雇になったもう一つの理由を明かします。それが私が「GINGER」の私家版ライナーノーツにも書いた、「Ameerが過去にDomの友人宅を強盗に襲わせていた」という事実です(Domのツイートは現在削除済みだがGeniusにはスクリーンショットが残っています)。ここで初めて、Ameerの解雇は女性問題だけでなく彼のメンバーに対する裏切りも含めての判断だったとファンは知ることになります。

BH脱退後、AmeerはSNSのアカウントや過去ログを削除し、メンバーとも連絡を取っていなかったようです。BHの4作目「iridescence」やKevinのソロ2作目「ARIZONA BABY」にもAmeerのことを間接的・直接的に歌った曲はありましたが、Ameerは沈黙を守っていました。

●EP「EMMANUEL」の内容

そして2019年8月、BHは5作目となるアルバム「GINGER」をリリース。Ameerを”過去の人”として扱い、Domが彼を厳しく糾弾した「Dearly Departed」を収録したアルバムが世に出て1ヶ月弱、遂にAmeerは動き出します。

今回Ameerがリリースした「EMMANUEL」は6曲入りのEPです。
コンポーザーとしてクレジットされているのはThe GameやLil' Wayne、DJ Khaledの楽曲を手がけたプロデューサーデュオのCool & Dre。
客演はなく、全曲Ameer一人でパフォーマンスしています。

タイトル曲でもある1曲目の序盤では謝罪の気持ちやBHを解雇されてからの日々を綴っているように読み取れます。
そのあとに続くのは、自分の内に潜む悪魔との戦い。
しかし後半の「I can hear what niggas sayin', send me curses, see me prayin'(俺にはあいつらがなんて言ってるか聞こえてる、俺を呪ってる、俺が祈ってるのを見てる)」というリリックでは、早くもBHのメンバーに対する反発心を匂わせています。

それが決定的に表現されているのはおそらく4曲目「Los Angeles」でしょう。言わずもがなロサンゼルスはアメリカにおけるエンターテインメントの中心地であり、テキサス出身の彼がBHの活動のために引っ越した街です。そしてAmeerの事件が表沙汰になる前に、BHはメジャーレーベルのRCAと巨額の契約を結んでいました。
このことについてAmeerは「I remember back when it was simple(前はもっと物事はシンプルだった)I ain't have to fight with all my niggas(仲間と争うことなんてなかった)Money complicated every issue(金が物事を複雑にした)」と、まるでメジャー契約がメンバーの不仲を誘発したかのように表現しています。そして彼は出身地のテキサスを出てBHの活動のためにロサンゼルスに引っ越し、RCAと契約したことで「自分のイノセンスを失った」と定義しています。
そしてリリックは「Use my name as a meal ticket(俺の名前をミールチケットとして使ってる)」と続くのですが、これはBHやKevinが彼について書いた楽曲で利益を得ていること、ファンの関心を引いていることを批判していると思われます。要するに、AmeerはBHの現在を快く思っていないことがこの曲からは伝わってくるわけです。

音楽的にはとても充実した作品であると言えます。
冒頭でも触れた通り、一流アーティストの楽曲を手がけるプロデューサーチームがバックについているだけあって、トラックも洗練されていて私のようなヒップホップ素人にも聴きやすい。
彼の過去のソロ作と比べてもラップのフロウも進化していて、特に3曲目の「Glock 19」は彼の全キャリアの中でも出色の出来と言っていいでしょう。
有名ボーイバンドの元メンバーのソロ作として、聴いてみる価値はある作品です。

ところで、EPのタイトルになっているのは彼自身のミドルネームですが、これは旧約聖書に由来する男性名です(フランスなど一部ヨーロッパ地域では女性名になることも)。
意味はヘブライ語で「神は我とともにある」。
このEPでは全編にわたって「Jesus」「God」「Lord」という言葉が登場し、彼が信仰を通して自身の内面と戦っていることが書かれています。
そういう意味では「EMMANUEL」をタイトルにしたのは非常に上手いなと思いました。

●AmeerのBH復帰はありえるか?

前章まではなるべく客観的に書きましたが、ここからは私情と主観ありありでいきますご注意ください。

まず「音楽活動を再開したAmeerがBHに復帰する可能性」についてですが、現時点ではまずないでしょう。現メンバーとAmeerの間にある溝がそう簡単に埋まるとは思いませんし、Ameerの過去の行ないに対する彼の謝罪や反省が充分だとも思えないからです。

Ameerが交際女性たちに対して行なった精神的・肉体的・性的虐待について、警察や司法の介入はありませんでした。つまり彼は逮捕や告訴もされていないし、法的な責任は問われていません(金銭で示談とかはあったかもしれないけどそこまではわからない)。つまり彼の謝罪と反省の手段は全てAmeer本人に委ねられている状態です。
しかし彼は曲の中で「俺は内なる悪魔と戦っている、苦しんでいる」と繰り返し、「俺を追い出しておきながら俺の名前を使ってる」と暗に元仲間を批判して、この表現の場を真摯な謝罪や過去に対する反省を重ねることに使いませんでした。これは恐らく、彼にもBHに戻る意思がないからじゃないでしょうか。

BH側だって、ここまで苦楽を共にしてきた仲間を解雇するという結論に至るまでに何度も話し合いを重ね、被害女性たちから話を聞き、慎重に慎重を重ねて決定したはずです。それにAmeerにはもう一つ、Domの友人を危険な目に遭わせたという事実もあった。そんな男をメンバーでいさせることはできないという決定は、そう簡単に覆るものではないでしょう。

Ameerが「EMMANUEL」を発表してから、BHメンバーがSNSで何か発言するたびにファンから「AmeerのEPを聴け」や「Ameerの復帰はいつなの」といったコメントがついてるのを目にします。被害女性たちの苦しみやDomと彼の友人が受けたショックが癒されることよりも、Ameerが戻ってくることの方が大事な人たちがいるっていうのは個人的にはちょっと信じがたいです。

もし仮にAmeerが復帰する日が来たとしても、それは彼が心からの反省をメンバーと被害女性たちに示し、彼らがそれを受け入れられる時が来たら、ですよ。逆にその日が来なかったとしても、Ameerや外野のファンにそれをとやかく言う権利は全くない。全ては当事者たちが決めることです。

私がBHのことを信用できるなと思ったのは、Ameerの解雇のステートメントで「このことが被害者の苦しみの解決にはならないが、物事が正しく進むことの一歩であることを望んでいる」と表明したことです。
BHのメンバーはそれぞれ人種差別、同性愛差別、移民差別に直面する可能性を持っておりこれを容認しないと表明していますが、女性メンバーはいません。けれど、女性を乱暴に扱ったAmeerにNoの意思表示をし、女性の人権を尊重しグループとして謝罪しました。これが女性にとってどれほど嬉しく、安心できることであったか。

女性が被害者の性犯罪が起きると、「男を誘うような服装だったお前が悪い」「本気で抵抗すれば防げたのでは」と、まるで女性に非があるかのような言葉が飛び交うのは珍しくありません。実際、Ameerからの被害を訴えた女性たちに対して「付き合ってた上での性交渉なんだからプレイの一環でしょ」なんて言葉を投げつけた人もいたようです。
仮に被害が認められたとしても、加害男性を「でもあいつは友達としてはいい奴だから」「才能あるアーティストだから」「ちょっと悪ふざけがすぎた」と、擁護する男性が出てくることもしばしば。そんな状況に、何度も怒り、呆れ、絶望した女性は少なくないのではないかと思います。

けれどBHは、かつてのマブダチだろうとダメなものはダメと行動した。彼らは全員男性だけど、彼らが容認しない差別には女性差別も含まれていると態度で示してくれた。この点に私は心から拍手を送りたいし、彼らの決断を100%支持しています。だからAmeerとBHの道が再び交わることを積極的には望まないし、Ameerが過去にしたことを軽く見て復帰を期待している人とはわかりあえない。これがAmeer復帰待望論に対する私見です。

でもやっぱり、素晴らしい時間を共に過ごした仲間だったんだし、ビーフ合戦というか泥仕合いみたいな展開になるのは見たくないですね。
いずれ時間が解決してくれるのかなあ……。

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