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イタリアで英語で働くことの難しさ

イタリアに来てもうすぐ二年になるが、サボ太郎はイタリア語をあまり話すことができない。通っていたミラノのデザインスクールは英語のコースだったし、現在働いているスタートアップは英語で仕事ができるためイタリア語の勉強の優先度が下がってしまっていた。

サボ太郎は幸いイタリアで英語環境を見つけてなんとか生活している。海外で生活するには語学が重要なキーとなるが、国際公用語というべき英語でもその使用環境は国や地域によって大きく異なる。サボ太郎は、イタリアの英語事情を考えてみた。

イタリアにおける英語

イタリアはヨーロッパの中では比較的英語が通じない国だ。ローマやベネツィアなどの観光地では通じることが多いが、産業に関わらない人々や地域ではあまり通じない。イタリアの英語力について、EF EPI (English Proficiency Index)という指標によるとヨーロッパでの順位は35カ国中26 位で、フランスやスペインのよりも下位らしい。

とはいえ、若者を中心にイタリア人の英語話者は増えてきている。通っていたデザインスクールの数あるコースの半分は英語で提供されていて国際的に開かれてきているし、デザインスクールのイタリア人同級生の英語は流暢だった。

また、イタリアのインテリ層は当然英語を使いこなせる人が多い。例えば、COOのマッツは三十代だがイタリア語、英語はもちろん、スペイン語やフランス語も流暢に話すことができる。サボ太郎のイタリア人の妻もイタリア語、英語に加えてスペイン語も話すことができる。サボ太郎はイタリア人の語学力について世代や教育レベルによってギャップが大きいような印象を受けた。

イタリアスタートアップの英語事情

サボ太郎は自分が働いているスタートアップの英語環境を振り返ってみた。この会社では英語が公用語になっている。社員は多国籍で構成されており、イタリア語を話せないメンバーも数人いる。ただ、常に英語で業務しているわけではない。イタリア語を話せない社員が参加するMTGでは基本的に英語で行われるが、複雑な議論などはイタリア語で行われることもある。

サボ太郎は運よく英語環境の仕事を得ることができたが、イタリアの多くの企業ではイタリア語が必須だ。例えば、LinkedInでミラノの求人を見てみると、大多数の求人はイタリア語が必須と表記されている。イタリアでは随一の国際都市、ミラノでもイタリア語が必須なのだ。イタリア系企業はもちろん、グローバル企業のイタリア支社でもイタリア語が必須で、英語で仕事ができる環境はイタリアでは珍しい。

なぜこのスタートアップは英語で働ける環境があるのか。サボ太郎はCEOのトニーの言葉を思い出した。

「優秀なタレントを獲得して事業を成長させるためには、さまざまなバリアを克服しなければならない。それは、国籍や言葉、働く場所など多岐にわたる。」

この会社はスタートアップのため、大企業と比較すると待遇は劣る。そのような状況でイタリア語を必須とすると、優秀な人材を確保することが難しくなるため、英語環境にシフトしてきた歴史があるらしい。おかげで、この会社はイタリア人が多数だが、インド、トルコ、スペインなど多国籍のメンバーが在籍している。

第二言語で働く現実

英語で働ける環境はイタリア語を話せないサボ太郎にとってはとても恵まれた場だ。一方、それはイタリア人社員にとっても第二言語で働くということを意味し、ネガティブな側面を含むことになる。

ある日、サボ太郎はカスタマーサクセスのルークとMTGをしていた。そのMTGのトピックは開発プロセスがうまく回っておらず、その問題点と解決策についてディスカッションするというものだった。ディスカッションの末、サボ太郎は自分がいくつかのタスクを引き継ぐことを提案したが、ルークは懸念があると話した。

その懸念とは、言葉の壁だった。開発チームはほとんどイタリア人で構成されていて、イタリア人同士では当然イタリア語でコミュニケーションをとっていた。彼らにとって英語で業務することは不可能ではないが、メンバーによって英語の習熟度が違い、特にシニアのメンバーは英語が苦手なことが多い。あるシニアメンバーは英語でのMTGの後に、同じ内容で別途イタリア語でMTGをして内容を確認することもあるという。

先述の通り、イタリア全体を見ても若者は比較的英語を自由に扱えるが、シニアになると英語話者はぐっと減る。若者であっても、環境によっては英語を話す機会は少なく、三十代のルークも数年前までは英語を話す機会はほとんどなかったらしい。年に数回、海外旅行に行く時くらいしか英語を使わなかったそうだ。

そして、英語をある程度自由に扱えるルークであっても、言語の壁はやはり大きく感じるらしく、専門的な話や複雑なトピックを扱う際にはどうしても表現が難しくなる。これはサボ太郎も日常的に感じていたことだが、イタリア人にとっても英語でコミュニケーションをとることは負荷がかかり、生産性が下がると感じているようだった。

サボ太郎と英語

サボ太郎はこの事実に少し驚いた。サボ太郎が英語で働くようになってしばらく経つが、円滑に業務を遂行するのは日本語で働くよりも大きな負荷がかかる。イタリア人メンバーの英語はサボ太郎よりもレベルが高いが、彼らにとっても英語で働くことが負担になっていることをサボ太郎は想像すらしていなかったのだ。

今は英語で仕事をしているが、サボ太郎は特段英語ができるわけではない。もちろん、日本国内においてはできる方ではあるがグローバルに考えた場合なんとかコミュニケーションを取れるレベルだ。

30代まで本格的な海外経験はなし。MBA留学を目指して3年以上かけて英語を勉強して必死にスコアメイクをした。留学直前に関わった外資系IT企業でのグローバルプロジェクトではじめて英語を仕事で使う機会があったが、メールやチャットの読み書きはともかく、MTGでは内容を捉えることすら難しく、ディスカッションで意見を述べることもできず、ただ冷や汗を流して凌ぐ日々だった。

MBA留学してからも英語には悩まされ、グループワークでは空気になる時間も多く、貢献できない自分にもどかしさを感じながら綱渡りのような留学生活を過ごした。国際的なビジネススクールに来る学生はほとんど皆、高いレベルで英語で自分の意見を述べたりディスカッションできる。それはグローバルの舞台では当然すぎて、誰も気に留めないことだ。だが、サボ太郎はそのレベルに達していなかった。優秀であるかどうか以前に、ディスカッションスピードについていけず、コミュニケーションをまともにとれない。サボ太郎は英語ができないため、土俵にすら上がれないという残酷な事実をトラウマめいた衝撃をもって経験してきた。(正確には英語の実力不足はトリガーなだけで、多くの要素が複合してこの悲惨な状況が作り出された)

英語で働くための工夫

そんなサボ太郎も、英語を必要とする環境に身を置くことで徐々に実用に耐えうる英語力を身につけてきた。今では日常的に英語で思考し、プレゼンテーションをし、ディスカッションをしている。日本にいた頃の英語力とでは、もはや比較にならない。サボ太郎はこの点において大きな成長を感じていた。

だが、ただでさえ難易度や専門性の高い業務上のコミュニケーションや、空中戦になりがちなブレインストーミングやディスカッション。これらをこなすのは英語での業務に慣れたとしても簡単ではない。それでも業務を進めるために、サボ太郎はコミュニケーションの工夫をするよう心がけている。

例えば、基本的なことだがサボ太郎は自分がオーナーのMTGでは必ず資料を用意する。資料を用意することで議論が発散しても、ポイントをおさえることができる。これは英語でのMTGに限らない。日本でもイタリアでも、アジェンダや資料が用意されていないMTGではゴールが不明確で議論が発散するという現場に度々遭遇してきた。

他にも、サボ太郎は言葉だけでは伝えにくいことは言語化に加えて可視化するようにしている。そうすることで、飛躍的に意図が伝わるようになると実感している。加えて、サボ太郎は相手の思考フレームに合わせるよう工夫している。デザイナーが相手ならスケッチとして可視化し、エンジニアが相手なら論理図で表現する。MTG中にも即席で可視化して意思疎通をとるようにして認識齟齬を減らすよう心がけている。準備しすぎと感じることもたまにあるが、フルリモートで第二言語同士で働く環境ではそのくらいが丁度いいとサボ太郎は割り切っている。

このように、サボ太郎は英語で働くこと自体に相当な苦労があると感じている。だが、仕事の英語はまだマシだとサボ太郎は思っている。準備をすればなんとかなるし、伝える内容がはっきりしているのでコミュニケーションが比較的取りやすい。サボ太郎にとってはプライベートのパーティーなどの自分を表現する生身の殴り合いのような英語の方が困難だった。そこにはまだまだ抵抗がある、人見知りのサボ太郎だった。


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