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チャンスについて考えるサボ太郎

イタリアのスタートアップで働くサボ太郎はフルリモート勤務のため基本的にミラノの自宅で働いている。ランチを済ませた後、コーヒーを飲んでから15分ほど昼寝をするのが習慣になっていた。タイマーをセットしアイマスクをしてソファに横になるのだが、ある日、タイマーよりも早くiPhoneが鳴った。

親友からの電話

サボ太郎は目をこすりながらiPhoneを見た。サボ太郎の友人、ヒロトからの電話だった。彼は大学時代からの親友で、現在は社会科学系の研究者をしている。サボ太郎とヒロトは親友ではあるが、連絡を取るのは数ヶ月に一回程度の関係だ。

ふたりの会話は約一時間に及んだ。電話の内容はヒロトのキャリアについての相談だった。サボ太郎は懐かしい気持ちになりながら、ヒロトの経歴を辿った。

ヒロトとは大学時代に出会った。同じサークルに所属していたのだが、仲良くなったのは学園祭からだった。彼は大学院の修士課程を卒業したのち、大手商社に入社して活躍していたが、数年勤務したのち地方の博物館の学芸員に転職した。高待遇の商社を退職してまで自分の興味を追求した彼の決断に、当時のサボ太郎は驚きと同時に尊敬の意を抱いたことを思い出した。

現在、ヒロトは学芸員の仕事をこなしながら社会科学の研究を続けている。数年前、彼は名門国立大学のパートタイムの博士課程に入学し、ハイレベルな指導を受けながら現在博士論文を執筆中だ。

今回のヒロトのキャリア相談というのは、ある魅力的なポストの可能性についてだった。彼の中では結論は出ているが背中を押してほしいという思いからの相談だということを、サボ太郎は理解していた。

このポストは彼にとって大きなチャンスだ。ある研究所の大御所研究者が退職するらしくそのポストが空くことになった。その後釜として若手研究者を採用したいところで、ヒロトの名前が上がったらしい。彼はこれまで、大学院の博士課程に通い、専門分野のフィールドワークを実施したり、学会で積極的に研究発表をしてきた。そのため、ヒロトはその分野において評価され、多少なの知れる存在になりつつあった。

ヒロトは自分の興味を追求し、努力を継続してきたからこのようなチャンスを得ることができたのだ。これはサボ太郎にとっても嬉しいことだった。

チャンスとは何なのか

サボ太郎はヒロトとの電話を切ったあと、ふと考えた。チャンスとは何なのか。まず、チャンスの定義。サボ太郎はぼんやり捉えている概念をどうにかして言語化しようと試みた。

「現状をポジティブに変えうる分岐イベント」

そのイベントが成功すれば状況が大小の違いはあれど好転して次のステージに進めるわけだ。このポジティブという点が肝で、例えば、一見ネガティブなイベントに見えても長期的にはポジティブに捉えることができる、など解釈の仕方による側面もある。

当然、チャンスをものにしてはじめて状況が変わる。そう考えると、チャンスをものにするために何をすべきかを考えなければならない。チャンスにまつわるアクションとして、サボ太郎はふたつあると思った。

「チャンスを作り出す」と「チャンスをものにする」だ。

チャンスを作り出す

ただぼーっとしていてもチャンスは来ない。チャンスを作り出すためにはアクションが必要だ。サボ太郎は、母親によく言い聞かせられた言葉を思い出した。

人事を尽くして天命を待つ

サボ太郎は、これがチャンスの本質だと直感的に感じた。ヒロトのケースを見てみても、まさにその通りだと思う。積極的な研究活動や学会発表はヒロトがコントロールできるアクション、つまり彼は人事を尽くしてきた。そして、今回のようなポストが空くという事象は自分でコントロールできないこと、つまり天命を待ったというわけだ。そして、ヒロトの座右の銘も「人事を尽くして天命を待つ」だ。

サボ太郎は自分がチャンスを得たときのことを思い出した。例えば、外資系IT企業で働いていたときのことだ。サボ太郎は留学のために英語を数年間勉強し続けていた。その根本的なモチベーションはグローバルな経験を積みたいという思いで、英語学習はその準備の一つだった。そして、グローバルの活動に興味があるということを日々先輩やマネージャーに話していた。これらのアクションはサボ太郎がコントロールできることだった。そんなある日、サボ太郎はマネージャーに呼び出され、グローバルプロジェクトの要員に空きが出ると聞かされた。サボ太郎は迷わず手を挙げて、そのプロジェクトで働くことになった。この出来事はサボ太郎がコントロールできない、天命だった。

一方で、行動を止めると未来のチャンスの芽が潰えるとも言える。サボ太郎はこれに危機感を覚えた。というのも、イタリアで働き始めてからサボ太郎はプレッシャーやストレスが減ってきていると感じていたからだ。適切なプレッシャーやストレスは成長への刺激になる。そして、それらを乗り越えていくことはチャンスを作り出す行動となり得る。自身の方向性を見定め、コンフォートゾーンから出て、新しいことにチャレンジして実績を作るなど、自身に負荷をかけないといけないとサボ太郎は反省した。

チャンスをものにする

チャンスを作り出せたとしても、それをものにできなければ状況は変わらない。これも結局のところ、「人事を尽くして天命を待つ」だとサボ太郎は思う。

チャンスをものにするには準備が重要だ。面接の対策だったり、勉強だったり、シミュレーションだったり、そのチャンスの性質によってやるべきことは異なるが、その時点でできるベストの準備をする。

ベストを尽くしたにもかかわらずチャンスを逃すこともあるだろう。それは仕方がないことだが、ベストを尽くしたか、がやはり重要になる。ベストを尽くさないと言い訳をする余地が生まれて、正しい反省ができずに学びがなくなる。何より、後悔が生まれて精神衛生上よくない。

チャンスを逸したあとの心構えも大切だ。サボ太郎はそのような時は縁がなかったと割り切るようにしている。ベストを尽くしたのなら、現実を受け入れて、次のチャンスに向かって反省し、学ぶ。チャンスは一期一会かもしれないが、人生は続いていく。一つのチャンスをものにできなかったとしても、正しい方向性で努力を続けていけば別のチャンスがまた訪れる。それを繰り返すことが「人事を尽くす」ということで、あとは「天命を待つ」しかないのだ。

サボ太郎はそんなことを考えながら、午後の業務に戻った。今、サボ太郎は日本からは遠く離れた地、イタリアで働いている。この状況も、サボ太郎がチャンスをものにした結果と捉えられる。サボ太郎は、一歩立ち止まりこれまでの自分自身に労いの言葉を贈りたいと思った。

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