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実録。イタリアと日本のクライアントの違い。

9月上旬のミラノ。バカンス明けのミラノは人々が戻り活気を取り戻していた。夏のように暑い日もあれば、急に肌寒くなり秋を感じる日もある。サボ太郎は気まぐれな天気に翻弄されながら、なんとか体調を崩さず日々を過ごしていた。

クライアントプロジェクトに参加する

バカンス前、社内ニートのように過ごしていたサボ太郎は手が空き気味であることをCEOのトニーに相談した。トニーはただでさえ渋いのに、さらに渋い顔をして話を聞いていた。開発チーム全体のリソースの問題もある、ということで、トニーはCOOのマッツとサボ太郎のタスクについて検討することになった。その結果、サボ太郎は9月からクライアントプロジェクトの一つにアサインされることになった。

サボ太郎がイタリアに来て約二年経つが、彼はイタリア語をほとんど話せない。そのため、これまでサボ太郎がクライアントとのプロジェクトに参加することは想定されていなかったし、彼のポジションはプロダクトマネージャーなのでクライアントとのプロジェクトにアサインされることはなかった。

だが、社内事情としてデザイナーやエンジニアが各クライアントプロジェクトにアサインされており、プロダクト開発にリソースを割く事ができていない。そのためプロダクトの要件定義を進めても、デザインを精緻化することもソフトウェアを実装することも難しい。その結果、サボ太郎の手が空いてしまうという状況になっていた。

一方、複数のクライアントプロジェクトが同時に進行していた。CEOのトニーがそれぞれのプロジェクトでマネージャーを兼務しているため、彼は非常に多忙だった。そして、プロジェクトマネージャーとしてアサインできる人材が社内にはいなかった。比較的ジョブ型採用が進んでいるイタリアでも、スタートアップでは一人が複数の役割をこなすことが多々ある。サボ太郎は日本でプロジェクトマネージャーの経験があるため、それをどうにか活かせないか、という観点もあったのだろう。

日本でのプロジェクトを振り返る

早速、サボ太郎はクライアントとのMTGに召集された。イタリアに来て初めてクライアントとのMTGに参加する。言葉がわからない中「自分に何ができるのだろうか」と考え始めた途端、サボ太郎は大きな不安に駆られた。

サボ太郎は未経験のことに直面するとビビる性格だ。今回のMTGではプロジェクトマネージャーとしてではなくメンバーとして参加するため、少し気は楽ではあったが。不安に駆られながらも、とにかくしっかり準備をするしかやることはないとわかっている。だが、胸の奥のあたりがキュッとなり息苦しくなる感覚は避けられないのだ。

不安を和らぐために彼が準備の他にできることは、過去の似た経験をもとにシミュレーションをすることだった。サボ太郎は日本にいた頃、外資系IT企業でプロジェクトマネージャーとして働いていた経験がある。初めてプロジェクトマネージャーとしてクライアントと対峙した時、似たような感覚になったことを思い出した。

入社3年目。東京・丸の内のオフィス街。クライアントは日本を代表する大企業。プロジェクトの規模は大きくないが、外部のベンダーのマネジメントも含み、建て付けは立派なプロジェクトだった。当時のサボ太郎はメンバーとしていくつかのプロジェクトに参加してきただけで、マネジメントの経験はなかった。彼はとにかく緊張して、準備した資料をメンターにレビューしてもらいなんとか準備を進めていた。

サボ太郎は当時のMTGを思い返した。このクライアントだけではないが、多くの日本企業のクライアントは主体性がないと言わざるを得ない。プロジェクトの性質上、カウンターとなるのはIT部門がほとんどだった。IT部門といっても技術的なトピックでは完全にサボ太郎に丸投げで、説明をしてもほとんど聞く意思を感じなかった。彼らはビジネス部門のオペレーションを理解していないことも多く、オペレーションの詳細について質問をしても現場に取り次ぐだけだった。彼らの仕事は主にファシリテーションと作業の承認がほとんどだった。

そのため、サボ太郎はプロジェクトの全方位に気を張って準備する必要があった。クライアントの目的や関心は何か、どのようなMTGや資料構成にすればいいか、ステークホルダーの承認をスムーズに得られるか、懸念点を払拭するためには誰にコンタクトを取って、どう根回しをするか。このようなことが日本企業とのプロジェクトでは必要だった。

今回のイタリアでのプロジェクトはメンバーとして参加することになる。もし自分がイタリアでプロジェクトマネージャーをやることになったら、とふと考え、サボ太郎は気が重くなった。

イタリアのクライアントとのMTG

月曜日の朝9時。サボ太郎はイタリアのクライアントとのMTGに初めて参加する。万が一、イタリア語で話を振られた場合を想定して"Non capisco (分かりません)"だけはいつでも言えるようにメモを準備しておいた。

定刻から数十秒遅れてリモート会議に入った。これはサボ太郎がMTGルームに先方と自分だけしかいないという状態を避けるための小細工だった。数十秒の遅れであれば、時間を守る日本人のイメージを壊さずに済む。MTGに入ると、すでに先方のメンバーもトニーやマッツ、カスタマーサクセスのルークも入室していた。彼らは軽いアイスブレイクの会話をしているようだった。

「ボンジョルノ!」

サボ太郎は元気にイタリア語で挨拶をした。挨拶は世界中どこへ行っても重要だ。現地の言葉で挨拶することで「こいつは私たちの言葉を学ぼうとしている。かわいいやつだ。」と僅かでも思ってもらえたら儲けもんだ。マッツがサボ太郎を先方に紹介して、このMTGに参加している背景を軽く説明した。偶然先方のマネージャーが日本に行ったことがあるらしく、日本旅行がアイスブレイクのトピックになった。このMTGを通して、サボ太郎の貢献はこれだけだった。

MTGが本題に入ると、サボ太郎はカメラとマイクをオフにして終始沈黙した。必死にディスカッションをフォローしようとしたが、イタリア語が全然わからない。予習をしていたからトピックを捉えることはできても、重要な細かいビジネス要件などは全くわからない。集中力も切れる。幸い、そんな日本人がMTGに参加していても、ピリついたムードになることはなかった。

「グラッツェ!チャオチャオ!」

約一時間後、ほとんど何もわからないままサボ太郎はMTGから退出した。すぐさまベッドに寝転がり、大きなため息をついて天井を眺めた。

イタリアのクライアントの印象

サボ太郎はベッドの上でゆっくりMTGを振り返った。今回初めてイタリアのクライアントとのMTGに参加したが、日本のクライアントとのギャップに驚いた。イタリアのクライアントは、よりプロジェクトに対するオーナーシップを持っており、プロジェクトの成功によりコミットしている印象を受けた。

クライアントサイドのメンバーは業務部門が主体でマネージャーやメンバーが数名、IT部門からスペシャリストが一人という体制のようだった。サボ太郎にとって業務部門からプロジェクトマネージャーが出ている点が印象的だった。そして、IT部門のスペシャリストは技術的にもERPなど社内システムの理解についても問題なさそうだった。さらにクライアント内の部門を超えたコミュニケーションも取れており、参加しているメンバーにはそれぞれの役割がありMTGの生産性は高いように思えた。

後から知ったのだが、このクライアントのプロジェクトマネージャーはアクセンチュア出身の優秀なコンサルタントだったらしい。彼のリードによってプロジェクトのクオリティが保たれているのかもしれない。なんにせよ、サボ太郎はイタリアのクライアントに対して好印象を持った。

彼の過去を振り返ると、イタリアに来る前はプロフェッショナルとしてのイタリア人にあまりよい印象を持っていなかった。MBAで知り合ったイタリア人のクラスメイトは自己主張が強すぎたり、癖が強すぎていろんな国の学生からやりにくいという評判だった。そして、イタリア人はルーズできっちり仕事をしないというステレオタイプもあった。だが、このクライアントのプロジェクトマネージャーや、CEOのトニー、COOのマッツのようなトップ層の人材は勤勉で、よく働き、極めて優秀だ。

日本で学んだことは通用する

サボ太郎はこの日本とイタリアのクライアントの違いはサンプル数が少なくて比較にならないことは理解している。だが、彼は経験をもって日本とイタリアのプロジェクトに対する姿勢の違いを感じた。

しかし、プロジェクトマネジメントは国が変わってもやることは変わらないことも確認できた。そして、サボ太郎は(語学さえなんとかなれば)プロジェクトマネージャーとしてアサインされてもなんとかなるかもと、微かな光を見た。

彼が日本のプロジェクトで学んだことは、彼の仕事のベースになっている。日本で培ってきたプロジェクトマネジメントスキル、クライアントの課題把握力や解決力は海外でも通用するものであると感じた。そして、語学さえなんとかなれば(その語学が厄介なのだが)資料やディスカッションの構成力もなんとかなる。結果論ではあるが、サボ太郎がいた日本の環境はプロフェッショナルとして力をつける上でよい方向に働いたのかもしれない。

今回、久しぶりのクライアントとのMTGでかつての緊張感を少し思い出したサボ太郎だった。イタリアという異国の地で、イタリア語だけではなく英語にも不安がある。なんとか会社の力になりたいとは思うが、実際にイタリアでプロジェクトマネージャーとして働くのはしんどそうだなと彼はベッドの上で思った。いつの間にか一時間も仕事をサボっていたサボ太郎はMacBook airの画面ロックを解除して、ちょっぴり気だるそうにキーボードを叩きはじめた。

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