大人の恋愛
「マツモトさん、彼とはどこで知り合ったんですか?」
「実はイマドキで、マッチングアプリです。
抵抗ある方もいらっしゃると思いますけど」
「ううん、私もアプリ。
ちょうど昨日、おつき合いしましょう、ということになったところなんです」
「えーっ、そうなんですか?
まりかさんのお話も聞きたい!
ふだん話すのは同世代ばかりだから、大人の恋愛事情が知りたいです」
マツモトさんは、まりかのVラインのヘアに慎重に電気を流しながらはしゃいで言った。
ここは、某超大手のエステサロン。
さくらまりか52歳、一念発起して、絶賛VIO脱毛中なのである。
マツモトさんは娘のチヒロと同じ24歳、ていねいにまつエクを施した目元は、北川景子のように涼やかな美人さんだ。
痛みに悶絶するまりかに、お痛みは大丈夫ですかと声をかけつつ、マツモトさんは続けた。
「私も大人の恋愛がしたいです。
かけ引きしたり、相手の態度に一喜一憂するのにもう疲れちゃいました」
「50すぎても、それは一緒です。
LINEが来ないとヤキモキするし、好きと言ってくれないと不安になるし。
でも、子どもを産んだし、一度ならずと二度も結婚もしたから、することはしたという余裕はあるかも」
「そういうものなんですね。
でも、まりかさんみたいに余裕のある恋がしたいです」
マツモトさんの彼は、2つ下の大学4年。
塾講師のバイトがないときは、必ずクルマで迎えにきて、30kmの道のりを送ってくれるのだという。
「本当は電車で帰った方が、全然早いんですけどね。
迎えに来てくれるその気持ちがうれしくて」
老いも若きも恋する気持ちは一緒。
自分のために気持ちと時間を割いてくれるのは、最高の愛情表現だ。
「若くてお美しいマツモトさん、何百もいいねが来るんでしょ?」
「そうですね。
私、今回は3週間くらいでつき合うことになりましたけど、いいねは2,200人くらいからもらいました」
に、2,200人⁉︎
エステサロンの北川景子は、まりかの右のIラインをのぞき込みながら、さらりと言った。
「マツモトさん、その3週間で何人くらいにお会いしたの?」
「そうですねー、かけ持ちもしたから、10何人とかですか」
「昼会って、午後会って、夜会って、みたいな?」
「そうです」
若いってすばらしい。
52歳のオバサン、せいぜいこなして1日2人だし、さらに翌日はきっと寝込むだろう。
第一、そんなにいいねをくれる殿方もいない。
今回は3週間で61人だ。
マツモトさんがいいねをくれた2,200人の中から選び抜いた幸運な若き殿方は、さぞステキな人だろう。
「まりかさん、昨日おつき合いすることになった人って、初めから大丈夫だったんですか?
違和感とかなくて」
「そうですね。
感じ方とか食べたいものとか似てるし、言うことがよくかぶるくらい同じこと言うし」
「ステキですね。
私、彼は減点法でした。
というと失礼にも聞こえるかもしれませんが、最初に会ったときからイヤだと思うことが本当になくて。
正直、恋愛感情とは違うのかもしれないけれども、ほっとするんです。
彼が歳下だからかもしれないけど」
ひとつ違いで歳下、というのは若い証拠だ。
「すっと受け入れられるのって大事ですよね」
「まりかさんの彼は、いくつなんですか」
「7つ上だから、59歳。来年、還暦よ、赤いちゃんちゃんこ」
「わー、一緒にいられたらいいですね」
「そうね。
歳を重ねるごとにね、歳の差は気にならなくなるかも。
もちろん、彼の方が人生経験も豊富だから尊敬しているし、微妙に話が合わないこともありますけど」
「なるほど。私も早く大人になりたいな。
ではまりかさん、今度は、左のIラインに移ります。
ホームケアでよく保湿していただくと、お痛みが少し和らぎます。
ほら、雑草を抜くときのことを想像してほしいんですけど、土が乾いていると草がブツッと切れて抜きにくいじゃないですか。
でも、土が水分を含んでしっとりしていると、するっと抜けちゃう。
あれと同じです」
マツモトさん、若いのになかなかの説得力である。
まりかが受けているスーパー脱毛は、毛穴のひとつひとつに針を入れて、電気を通し、毛根を死滅させたところを、左手に持ったピンセットで抜き取る、という気の遠くなるような作業だ。
右手と左手で繊細な別の作業をしながら、まりかの恋バナにつき合ってくれる器用さには、敬意を表する。
まりかは、やや乾いて色素沈着した52歳のお股が赤ちゃんのようにふっくら潤って、するりと和毛が抜けるところを想像してため息をついた。
「実は彼とね、再来週、旅に出るんです。
まだアプリで知り合って3週間、二度しか会っていないけれども、彼となら大丈夫な気がして」
「まりかさん、ステキですね! ウチ、残念ながら指名制は取っていないのですが、またまりかさんを担当できたらなー。
続きぜひ聞かせてくださいね」
「私も、お若い人のお話が聞けて楽しかったわ」
「私の方こそ、大人のアプリ事情を知ることができて、勉強になりました」
367本のまりかのムダ毛を抜き終えたマツモトさんは、まりかのVIOに冷却ジェルを塗りながら、にこりと微笑んだ。
「実は私、noteに恋活のお話を綴っているんです。
よかったら、さくらまりかで検索してみてくださいね」
「わー! いいんですか?
さっそく今日の休憩に読んでみます」