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50代からのロマンス❤️ツインレイの彼は真理を目指す

ツインレイ(と思っている)の彼は常に「真理」を探そうとしている。人生の全てをかけて「答え」に近づくために内側と葛藤している。

一般的にこの年代(50代)ならある程度経験しているであろうことを自分は体験していないので足りない部分があるのだ、と言う。

例えば、ずっと独身でいること、例えば子どもがいないこと、例えば仕事のこと、などについて。

今まで結婚に全くご縁がなかったわけではなく、何度か「このままいたら結婚するんだろうな」ということはあったらしい。

でも彼の心はどうしてもそれを良しとはしなかったようだ。

自分は不器用だし極めて普通人なので、結婚してそのうち子どもが出来たら、制作活動より家族を養うことに一生懸命になるだろう。

家族を養うために日々過ごしながら、いつしか制作活動は遠いものになってしまい、自分の中の世界の違和感やこの世界の真理を追求することはただの若かりし頃の夢となって消えるだろう。

それはそれで良しとしながらも、やはり彼は彼の思想や心象風景をどうにかして獲得したい、表現したいという気持ちの方が強かった。

そしてそんな彼を理解するとやがては破局となったようだ。破局といっても彼はなかなかの別れ上手なのか今でも別れた彼女たちのことをポツリポツリと、時にはわたしを気にしつつもちゃんと隠さず話すのだ。

自分に関わった女性には、別れてもみんな幸せになって欲しいと心から思っている。

もう今更世間一般の枠に収まるように他の人たちと足並みを揃えようとはなかなか思えないし、そうすることは出来ない。

今そうするなら何故もっと若い頃にやっておかなかったのだ、と今までの人生を全否定することになるからだ。

一生自分の世界や思想をどう昇華できるか、ひょっとしたらそれは一生かかっても出来ないかもしれない。

だからこそ、今この時、自分が生きてきた証のようなものを表現し続けて行きたい、と言う。

そして彼は言う

わたしは「自分にないものをたくさん持っている」と。

自分は子どもが居ないから親の気持ちを察することは出来ても完全に理解することはできない。

結婚して一緒に毎日生活を重ねると言うことも、離婚して離れ離れに暮らす決断や苦労も、子育ての葛藤やジレンマも、会社という組織のコマとなり生計を立てる厳しさも。

そして

尊敬と愛情あふれるオーラで「えらい、えらい、よく頑張っている」とわたしの頭を撫でるのだ。


彼は子どものために親が我が身を犠牲にすることをよしと思えない。

そんなに親が苦労していたと子どもが知ったら、例えばそのために犯罪などを犯してしまったらどう思うだろう。

「そんなことまでしてくれなくて良かったのに。」

自分ならそう思う、と。

子供のために夫婦が仲違いしたり、結婚したら子どもが1番になり夫婦生活が疎遠になるのは何故だろう、と不思議がる。

愛があるなら何故そんなことが起きるのかが、説明されても今ひとつ実感出来ないようだ。

「要するに子どもが生まれるとパパとママになってしまうのだな。愛情より役割や義務の方が大きくなってしまうということなんだな」

そう理解したようだ。

そうさ、ママは一生ママなのさ。

そう言うと「そうだな」と優しい目をしてうなづいた。


結婚という形に捉われない私たち二人の関係は、ただ「愛」だけで結びついている。

「求める気持ちがなくなったらそれでおしまい」

以前彼はそう言った。

もし、子どもか彼かという究極の選択を迫られることがあれば、わたしは子どもたちを選ぶだろう。

彼はわたしか真理の追求かどちらかを選ばねばならないとしたら、真理の追求の道を進むだろう。

そして彼は付き合い始めの頃

「この愛は自分がこの先生きていく希望だ」

そう言った。

わたしもそうだ。

二人の関係はこの先どうなるか分からない。でも求め合う気持ちとお互いをリスペクトする気持ちがある限り続いていくのだ。

まぁ今のところ別れる心配などまるっきりない。いつか、はこないのだ。一瞬一瞬を大切にする、ただそれの繰り返しだけだ。

彼は彼で真理を追求すれば良い。

わたしはわたしで幸せを満喫していればそれで良い。

ただ一緒にいることで彼に何か波紋をもたらすならそれで良い。

それも「愛」のパワーの副産物なのだから。










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