見出し画像

野球部をやめたH

もうすぐ甲子園の季節ですね。
テレビにかぶりついて観ることはできませんが、
また今年も色んなドラマが生まれ、
まだ見ぬスターが誕生するのかと思うと、ワクワクします。

高校3年間、ぼくの生活の中心は野球でした。
ちっとも試合に出ることができないダメな選手でしたが、
負けたまま野球を辞めるのがイヤで、
高校3年生の夏まで、半ば意地でプレイを続けました。

野球は、サッカーやバスケと違って
走りっぱなしではないこともあり、
長時間の練習が可能なスポーツです。
土日も含め基本的には休みなく、
9時5時で練習があります。

また、なぜか日本において「高校球児」は
ちょっと特別な存在で、常に礼儀正しく、
ハキハキと話し、腰パンも遅刻もせず、
品行方正な学生生活を送らなければならないという、
雰囲気と言うには強すぎる圧力があります。
顧問の先生が担任だったりするともう最悪です。
自由など、なくなります。
(先生が悪いわけではないけれど)

つまり、高校生にとって野球部に入るというのは、
ちょっと大げさに言ってしまうと、
3年間の生き方を選択する行為なのです。
少なくとも、うちの高校ではそうでした。

そんな野球部に入って半年ほど経った、
1年生の秋頃でしょうか。
同級生のHが、野球部を辞めると言いだしました。

Hは、見かけこそひょろ長いですが、
中学校の時からそこそこのチームで4番を打ち、
レフトの守備も難なくこなす、同期の主砲候補でした。
まず間違いなく、レギュラーになる逸材です。

ぼくは、特別明るいわけではないけど
たまにボソっとおもしろいことを言う
Hが好きだったこともあり強く引き留めました。

理由を聞いても「勉強したいから」と言うばかりで
釈然としません。Hの成績は在籍時からぼくよりずっと
よかったし、大学について、特に高い目標を
持っているわけでもなさそうでした。

結局、慰留もむなしくHは退部。
その後、なんとなくHとは疎遠になってしまいます。

当時は全く理解できず、
裏切られたような気持ちでいましたが、
今思うとHは、野球部で3年間を過ごすこと、
高校球児として生きることが、
自分には合っていないと考えたのだと思います。
なんでもそうですが、所属した組織には、
居続けるほうが楽です。抜けるにはパワーが要ります。
あれはあれで立派な選択だったなと、今なら思えます。

ぼくも野球部にいなかったら、
夜中に公園に集まって酒を飲んだり、
プールに忍び込んで無断で泳いだり、
原付の免許をとって夜中に海まで行ってみたり、
バイト先で出会った他校のひとつ上のお姉さんに
いろいろ教えてもらえたり(!)できたかもしれないのです。

野球を3年夏までやったことは全然後悔していないし、
上に書いたことはぼくが器用で度胸のある男だったら
野球部に在籍しながらできたことなのかもしれませんが、
あのとき抜けたHがそんな高校生活を送っていたのだとしたら、
それはちょっとうらやましい。

H、元気かな。久しぶりに連絡してみようかなあ。