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訪問販売のおっさんと、カメラ売り場のお兄さん

滋賀県の田舎に住んでいた小学生のころ、訪問販売のおじさんが、何度かうちを訪ねてきた。島田紳助がCMをしていたとある教材の営業マンだったそのおじさん。年齢は、40代半ばぐらいだったろうか。オールバックでメガネをかけ、張り付いた笑顔が売りで言葉巧み。

ぼくはこのおじさんがとにかく嫌いだった。軽蔑していたと言ってもいい。

母親に教材の有効性を説明したあときまって「では、息子さんに聞いてみましょう」と言って母親にぼくを呼ばせ、どんなにぼくが「いらない」と言っても帰らず、「テスト、全部100点じゃないでしょ? もっといい点数取りたくない?」などと聞いてぼくに勉強の意思がある(とも取れる)発言をさせ、最後は「お母さん、息子さんを応援してあげてください」と言ってハンコを押させる。

教材が届いてそのための本棚(付属品だったかもしれない)が用意されたとき、その本が全く開かれていないことを母親に指摘されたとき、すっかりほこりをかぶってしまったとき、捨てるとき。そのたびに親に大金を使わせた罪悪感が募ったし、あのおっさんのことを恨んだし、人を食い物にするような仕事だけは絶対にしないでおこうと思った。

そんな原体験もあってか、ぼくは「営業される」という行為があまり好きではない。ないのだけど、ついさっき、とても気持ちのいいというか、「この人から買いたいな」と思わせられる営業をされたので今日はその話をしたい。

うちの会社にはカメラがない。ぼくの私物を持ちこんでしのいでいたが、昨年中古で買ったNikonのそれは、ずっとSONYのミラーレスを使っていたぼくにはちょっと使いづらく(まさかメーカーによってこんなに使い心地が違うとは思わなかった)、たまに撮る、ただでさえ下手な写真のクオリティが一層下がっているのを自覚しつつもほったらかしにしていた。

もちやもちや。仕事は職人にと思っているので、写真が必要になれば腕のいいカメラマンのみなさんにお願いするだけど、何かあったとき撮れるにこしたことはないし、いろんな記録をいい写真で残すのは悪いことじゃない。

そんなこんなで今日の昼間ふと思い立ち、(会社のお金を使うので)副社長にカメラの購入許可を求めたら「いいよ」と言ってくれたので、歌舞伎座タワーでの打ち合わせの帰り、秋葉原の電器店に寄った。

夜20時過ぎ、3Fのカメラ売り場に行くとちょうど「SONYフェア」みたいなことが行われていて、いろんな機種・レンズが並べられている。平日夜にもかかわらず、店員さんの3倍ぐらいの数の客がいて、店員さんはみな接客中だった。「営業ぎらい」かつ「人見知り」としては、こうなると楽。声をかけられる心配はほぼゼロなことに安堵しつつ、お目当ての機種のパンフレットを探して売りをうろうろする。

しかしどんなに探しても、型落ちモデルだからか、欲しい機種のパンフレットが見つからない。仕方なく、スマホで価格.comや誰かの書いたブログを読んで他の機種との違いを探るが、どうも判然としない。実際にさわってみてもよくわからない。そんな様子を察してか、30代半ばぐらいのさわやかなお兄さんから「何かおさがしですか?」と声をかけられた。

ぼくは「営業」を警戒しつつ、SONYになれているのでSONYのカメラがいいと思っていること、目当ての機種として「α7 ⅱ」があること、人を撮ることが多いことなどを伝える。

すると彼は、どの比較サイトやブログよりわかりやすい説明で、各機種の違いを語り、そのうえで、ぼくの用途・条件であれば(その売り場ではいちばん安い)「α7 ⅱ」で十分なこと、また、上司にかけあってネット上の最安値に近づけることができるかもしれないことを教えてくれた。

とはいえここまでは想定内というか、「こういう人もいるよな」という範囲だったのだけど、彼はここからが違った。レンズセットを買って付属のレンズを使おうとしているぼくに、別売のレンズをこう言ってすすめてきた。

「付属のレンズもメーカーが自信をもって送り出しているものですが、わたしはこちらの単焦点のレンズがおすすめです。たいへん明るく、お客様のお仕事(ちょっと説明した)のような、室内での撮影にピッタリです。また、単焦点ですがファインダーを覗いたときの見え方が人間の視野角に近いので、カメラに不慣れな方でも問題なくこのモデルのスペックを引き出していただくことができます。特筆すべきはお値段です。3万円というお値段は一見お高く見えますが、このレンズのポテンシャルを考えるとちょっと異常と言っていいお値段です。おそらくメーカーさんは多少赤字になっても値段を抑え、これを買ってもらってお客様にレンズの魅力に目覚めてもらい、他のレンズを次々と買っていただく戦略なのではないかと思われます。このレンズだけ本当に値段が異常なので、ここだけの話ですが私たち販売員はこのレンズを、〝撒き餌〟と呼んでいます(笑)。もしもう一声〝投資〟していただけそうであれば、こちらもぜひ合わせて購入していただくことをおすすめします」

「撒き餌」という言葉で、レンズの赤字覚悟のお得感をあおり、「投資」という言葉で「いずれはリターンがある」ことを匂わせる営業トークは実に巧妙で嫌味もなく、聴いていてほれぼれするものだった。

すっかり「やっぱりレンズはふたつあったほうがいいな」と思わされたぼくは、念のため副社長に「レンズも買っていい?」とメッセを送るも、「だめ」と即答されて我に返り、「ちょっとレンズは検討して、また3日後に来ます!」というすごく中途半端な噓をついて、カメラ本体+付属レンズのキットのみ購入して退店した。結局レンズは買わなかったけれど、彼に声をかけられてその面白さに感動し、この人にお金を払いたいと思わせられていなければ、今日買うことはなかっただろう。

今後、社用であれプライベートであれ、カメラやレンズを買う際はまたあの売り場に行きたいし、彼の営業トークを聞いてみたい。次はどんなワーディングでプレゼンしてくれるのか、楽しみになっている自分がいる。

実家に来ていたおじさんも秋葉原のお兄さんも「営業」であることは同じだし、たぶん歩合制だろから給料はおじさんの方が高いかもしれないけれど、それでもやっぱり、後者のような仕事をしていきたいなと思った買い物でした。

ヨドバシカメラ、いい会社!