【VR研究分野マップ1】 人の感覚・認知

この記事は

の一部として書かれています。

VRという研究分野を、次のようにグループ分けしてみました。

ーーーVRそのもの:高品質なVR体験を実現したいーーーーーー
●人
       ・人の感覚・認知           (1)
●人と世界の間
  ・出力システム              (2)
  ・入力システム              (3)
  ・ユーザインタフェース          (4)
●世界
  ・シミュレーションシステム        (5)

ーーーVRの外側へ:VRをどう使うか、社会への影響などーーー
●VRの外側
  ・VRと実世界(ARやMR)                          (6)
  ・VRとコンテンツ(他分野への応用)     (7)
  ・VRと社会                                           (8)

本記事では、(1)人 について解説していきます。バーチャルリアリティ学でいうと2章のあたりに該当します。


人が備えている感覚、知覚、認知それ自体の性質・機構を探求する分野。
VRと密接に関わる研究は、心理学で行われていることが多い。感覚器それ自体の性質を解明するのは生物学や医学でも行われる。VRのために人の感覚を探求する一方で、近年では逆に、VRを道具として使って人間の知覚や認知の性質を調べる研究も出てきている。

視覚や触覚など、五感をはじめとする知覚の研究、身体所有感、行為主体感、認知科学など。VR酔いの研究もここで良いかもしれない。そして脳科学。しかし、ソードアート・オンラインを夢見る人が気になるであろうこの分野は、まだまだ謎が深い。

補足として、記事の末尾に、面白そうな動画や本のリンクを貼っておきます。(参考文献、必読書など募集中です!)

五感の研究

VRは「五感などの感覚器に現実と同じような刺激を提示してやることで、物理的には現実ではないけれど、感覚的には現実と等価な体験を作り出す技術」でした。VRを実現するためには、人の感覚や認知の性質を十分に理解しておく必要があります。例えば「人の皮膚はAというふうに触覚を感じているから、機械でA'という刺激を与えてやれば現実と錯覚するに違いない」のように考えるのです。

そういうわけで、人がどのような仕組みで世界を知覚・認知しているか、その性質を解明する研究が、VRの基盤としてあります。

ある調査によると、視覚と聴覚に関する研究が最も進んでおり、次いで触覚研究が活発になっているのが現状です。味覚と嗅覚はまだ研究の歴史が浅く、未解決の問題が多いようです。

図は[1]より転載

VRを研究する上で知っておきたい感覚の知識として、バーチャルリアリティ学 第2章「ヒトと感覚」の部分の目次を紹介します。

2.2 視覚
  2.2.1 視覚の受容器と神経系
  2.2.2 視覚の基本特性
  2.2.3 空間の知覚
  2.2.4 自己運動の知覚
  2.2.5 高次視覚
2.3 聴覚
  2.3.1 聴覚系の構造
  2.3.2 聴覚の問題と音脈分離(音源分離)
  2.3.3 聴覚による高さ,大きさ,音色,時間の知覚
  2.3.4 聴覚による空間知覚
2.4 体性感覚・内臓感覚
  2.4.1 体性感覚・内臓感覚の分類と神経機構
  2.4.2 皮膚感覚
  2.4.3 深部感覚
  2.4.4 内臓感覚
2.5 前庭感覚
  2.5.1 前庭感覚の受容器と神経系
  2.5.2 平衡機能の基本特性
  2.5.3 身体運動と傾斜の知覚特性
  2.5.4 動揺病
  2.5.5 前庭感覚と視覚の相互作用
2.6 味覚・嗅覚
  2.6.1 味覚の受容器と神経系
  2.6.2 味覚の特性
  2.6.3 嗅覚の受容器と神経系
  2.6.4 嗅覚の特性

##より詳しく知りたい人へ##

より詳しく感覚・知覚の生理学・心理物理学を勉強したいときは、朝倉書房の「感覚・知覚の科学」シリーズなどが役立ちます。

例えば第1巻の「視覚I ―視覚系の構造と初期機能―」は「日本バーチャルリアリティ学会誌 2008年6月号」の「BOOK REVIEW」欄で取り上げられています。

感覚間相互作用(クロスモーダル)

バーチャルリアリティ学では、感覚間の相互作用にも触れられています。

人の感覚、例えば視覚や聴覚は、互いに独立しているのではなく、影響し合っています。例えばかき氷のシロップはどれも味覚成分は同じですが、香りや見た目(色)が違うことで、違う味であるかのように感じさせています。これをクロスモーダルなどと呼んだりします。

近年のVRに関する研究では、ユーザインタフェースにおいてクロスモーダルを活用したものが多くみられます。それに関しては別の記事にて。クロスモーダルに関して詳しく知りたい人は、次のレビュー論文などが詳しいです。

またこちらの講演動画も参考にしてみてください。


ここからは、VR学ではあまり触れられていない部分。

身体所有感

人はある条件下において、自分の身体ではないものを自分の身体だと感じることができます。例えば、ゴムの手を本物の手と同時になぞることで、ゴムの手を自分の手だと思い込んでしまう「ラバーハンド錯覚」[2]などはその一例として有名です。

やがてバーチャル環境でアバタを使う技術が登場すると、こうした錯覚がバーチャル空間の全身アバタにおいても起きることが歴史的に確かめられてきました。[3]

VRにおける身体は現在も、身体所有感(Body Ownership)などのキーワードでもって活発な議論されています。例えば透明な身体に身体所有感は生起するのか?など。

(豊橋技術科学大学 北崎視覚心理物理学研究室 リンク

つい最近も、東北大学からこんな発表がなされていました。


##より詳しく知りたい人へ##

身体所有感やそれと関連して言及されることの多い行為主体感については、次のレビュー論文が詳しいです。

(何か日本語でいい感じのリファレンスはないかしら?)

VRから心理学へ、身体編集、不思議な感覚

バーチャル空間では物理的な制約がないため、現実世界では難しいような心理実験も簡単に行うことができるようになります。近年では、VRを心理学の実験環境として用いている研究が増えてきました。

特に、変身、分身、腕が伸びる、幽体離脱……など、物理的には難しい身体体験もバーチャル環境では可能になります。VRでアバタを自分の身体のように使えるとなれば、それを使って逆に「新しい身体を手に入れた時の人間の心理」を探求することができるようになります。

例えば、バーチャル環境でアインシュタインのアバタを身にまとうと、自尊心の低い人ほど、認知課題の成績が上がることを示した研究があります。

他にも、スタンフォード大学のジェレミー・ベイレンソン率いる研究チームは、バーチャル環境で牛になる体験をすることで自然環境に対する意識が向上する、スーパーヒーローになって空を飛ぶ体験をすると現実世界でも他人を助けやすくなるなどの実験結果を示してきました。

ジェレミー・ベイレンソンの研究は、先日彼の本の日本語訳が出たのでそちらを参照すると良いです。

一方、腕が伸びる、首が飛ぶ、幽体離脱など、不思議な身体体験をVRで実現し、心理的メカニズムの解明を試みる研究も。

(名古屋市立大学 小鷹研究室 リンク

##より詳しく知りたい人へ##

こうした身体変容がもたらす心理的な変化に関する様々な研究例については、以下の記事が詳しいです。

ゴーストエンジニアリング:身体変容による認知拡張の活用に向けて(鳴海拓志)


脳科学

「レディ・プレイヤー1」や「電脳コイル」の世界なら、今の研究を続けていけばやがては完全な実現を見ることができるかもしれません。
しかし、「ソードアート・オンライン」や「マトリックス」、「攻殻機動隊」のような世界は、現状のVR技術の延長線上にはありません。人の脳について解明されていないことは、まだあまりにも多いのです。

ちょうど先日、2019年7月にイーロン・マスクが脳と情報通信を行うためのデバイス「Neuralink」の発表を行いました。詳しい話はこの記事がおすすめです。

現状の脳科学で分かっていること、分かっていないことを知るために、(特に工学の立場で)脳科学を勉強するときにオススメの本リストを、東大の高橋先生がまとめてくれています。

高橋先生が執筆されたこちらの本などは、VR畑に身を置きたい人にとって、教科書として非常に良いかと思われます。

VRのために脳科学をやりたい人が、大学においてどんな進路を取ればいいのか、僕はまだまとまった結論を出せていません。当面は以下の記事を貼ってお茶を濁しておきます。すみません、勉強します。



補遺:刺激になりそうな動画や本など

視覚

例えば、東大VRセンターにも名を連ねている文学部心理学専修の横澤先生は、高次視覚のメカニズムについて、認知心理学的研究を行っています。

聴覚

3Dオーディオ
イヤホンで聞いてみてください。「聴覚のVR」というものの代表例になるかと思います。

触覚
電通大の梶本先生が触覚について解説している動画がありました!

NTT研究所発 触感コンテンツ専門誌ふるえ
イケてる雑誌

味覚・嗅覚・前庭感覚…
クロスモーダル研究で有名なチャールズ・スペンスの本


参考文献・出典

[1] http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/chousa/gokan/pdf/060922_2.pdf
[2] Botvinick, M., & Cohen, J. 1998. Rubber hands ‘feel’touch that eyes see. 
[3] Mel Slater, Daniel Perez-Marcos, H. Henrik Ehrsson and Maria V. Sanchez-Vives. 2009. Inducing illusory ownership of a virtual body. https://doi.org/10.3389/neuro.01.029.2009
[4] 








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