見出し画像

誰も得しない「理系≠女性の分野」という偏見

数年前から日本でも目にするようになったSTEM人材という言葉。STEMとはScience、Technology、Engineering、Mathematicsの頭文字を合わせたものであり、今やこの分野の学位を持つ人材は引っ張りだこである。たとえばアメリカでは、学生ビザでアメリカの大学で学んだ外国人学生が学位取得後にOPT(Optional Practical Training)と呼ばれるステイタスで12か月間働ける制度があるのだが、STEM専攻者の場合はその期間を最大24カ月延長できるのだ。それだけSTEM人材が企業ひいては国の成長にとって貴重なものだということだろう。

このSTEMと言うのは日本で言うところの「理系」に該当するが、日本では「女性は理系が苦手」という認識が根強い。実は私もそれを信じてきたのだが、これがただの偏見だったことを思い知った出来事がある。

5年程前、私は東北大学の工学系研究所で研究室秘書の仕事をしていた。その研究室はシベリアの大学と交流があり、毎年シベリアから訪問団が来て共同研究会をするのだが、私が入った年に来た訪問団12~3人中、半分以上が女性だったのである。ちなみに私が居た研究室も12~3人の学生・研究員が居たが、女性は2名のみ、うち日本人女性はゼロであった。

それまで「工学系だから女性が少ないのは当たり前」と思っていた私はシベリアからの訪問団の女性割合の多さに驚き、教授に「女性が少ないのってもしかして日本だけなんですか?」と尋ねてみた。するとあっさりと「そうですよ。国際研究会に行くと他の国からは女性の研究者も結構来てます」と言うではないか。こうして私は自分が「当たり前」と思っていたことが偏見であることに気づかされたのである。

実際、STEM分野での女性研究者数の割合と増加率を国際比較したデータを見ると、日本は先進国中最下位である。女性研究者数割合については最上位のスペインが39.6%なのに対し、日本では15.6%しかいないのが現実だ。ちなみに2006年頃までは韓国も日本と同程度だったのだが、その後じわじわと日本を引き離し、現在韓国の女性STEM研究者割合は18.9%となっている。(以下図は首相官邸主導「人生100年時代構想会議」第5回資料より引用)

画像1

実際に理系の女性学生や研究者割合が少ないことが「女性は理系が苦手」の根拠のように語られることが多いが、この国際比較を見るとそれは根拠にならないことがわかる。この数字は、社会文化的要因が生み出した結果だと捉えられるだろう。

では日本の女性は理系科目が嫌いなのかというと、そうではない。ベネッセ教育総研の「第5回学習基本調査」では、女子小学生に好きな科目を尋ねると国語や社会よりも理科の方が「好き」と答えた割合が高かったのである。

それが、大学生になると一変する。科学技術・学術政策研究所が大学生を対象に行った調査によると、60%の回答者が大学進学時に「理系は男性の学部」というイメージを持っていたという。また、77%が「ライフイベントとキャリア形成の両立が難しい」と回答していることもわかった。「なぜライフイベントとの両立が女性だけの問題になっているのか」「理系のキャリアパスがそもそも出産育児をしない男性を前提に組み立てられているのが問題では」などここで言いたいことはいくつもあるが前に進もう。

以下は報告書内で「女性の理系選択が困難だと思う理由」の自由記述欄に書かれたコメントとして紹介されていたものだ。

女子は理系科目が苦手だと様々なメディアで言われており、自然とそういうイメージを持ってしまう。

女性が理系で生きていくことは難しいと担任に言われた。

理系に行くとお嫁にいけなくなるから、文系にしておけと親に言われた。

いつの時代の話かと思うものもあるが、この調査が行われたのは2016年3月である。

また、理系科目の女性教員の少なさも影響しているようだ。内閣府男女共同参画局の「令和元年版男女共同参画白書(概要)」によると、数学・理科を教える教員は男性が多いものの、数学・理科のいずれかを女性教員から教わっている女子は、両科目とも男性教員から教わっている女子よりも、自分が「理系タイプ」だと回答した割合が高かったという。また、親の意向や身近なロールモデルの不在が影響していることも指摘されている。

脳に性差がありなし的なことについてはここで言及するつもりはない。ただ、日本の女性STEM研究者が他国に比べて少ないという事実が、中学・高校生女子たちが周りの大人たちからある種のメッセージを受け取った結果である可能性は高いと言っていいのではないだろうか。

さて、このような状況は政府も問題視しているようで、理系女子を支援するための「リコチャレ」プロジェクト等も行っているようだ。大変有意義なことだと思う。だが、私たちにも日ごろから出来ることはある。

それは日頃の何気ない発言で少女たちの選択肢を奪わないことだ。そもそも「女性は理系には向いてない」「女性が理系だと苦労するよ」などという言葉を軽々しく口にしてはいけない。それは少女たちに対して「偏見を受け入れろ」と言ってるに等しい。何気ない大人の発言や態度に彼女たちは影響を受けて価値観を形成し選択していく。そしてその「何気ない発言」が、もしかしたら未来の女性研究者や優秀なSTEM人材の誕生を阻むことになるかもしれない。それで誰が得するというのだろうか。

それよりは、「意欲ある女性学生をどう育てていくか」「男性中心の研究分野の仕組みをどう見直していくべきか」という議論をするほうが余程建設的だ。彼女たちが学びたいことを学び、そして彼女たちの参加によって日本のSTEM研究がもっと伸びる未来は、私たち一人ひとりのちょっとした意識と言動で大きく近づくのではないだろうか。

---

前の記事


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?