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【短編】7.花火

 いつのことだったか、夜のコンビニで買い物を終えて出てきたときのこと。
 コンビニから出た途端に、じっとりとした熱気が貼り付いた。

 まだ体に残る冷気を頼りに家路を急ぐと、どこからかボンという小さな音が響いているのに気が付いた。その音はひとつきりではなく、ボン、ボンボン、と何度も鳴るので、花火だと理解するのにそう時間はかからなかった。

 そういえば港のほうでは花火大会であった。
 まったく、私はといえばこうしてコンビニ飯で済ませないといけないというのに、港では今頃楽しげな笑い声が響いているに違いない。昔はこのあたりでも遠くであがる花火が見えていたらしいが、高層マンションの増加とともに見えなくなってしまったという。
 どこかから見えないかと探ってみたが、あいにくマンションは予想外に高かった。マンションの上くらいからなら見えるだろう。
 花火を独り占めとはなんてやつらだ。

 とはいえどうしようもなく家路を急いでいたところ、目の前にころころと何かが光りながら転がってきた。

「おっ」

 思わず声をあげてしまうくらいには驚いた。

「こいつは……」

 ぱちぱちとまだ火花を飛ばして転がっていたのは、花火の欠片だった。
 花火の真下ならいざ知らず、こんなところまで転がってくるとは。儚い見た目に反して根性のある花火である。

 今の花火の中身は火薬が一般的だ。
 今でも「火花のもと」が入っていることがあるが、火薬のほうが(安全面はともかく)楽にできるし、ある程度好きな形にできるというのもある。
 火花の基を使うなぞ、もはやうしなわれた技術に近い。ときどき博物館でその名を見るくらいである。
 火薬が出来てからも天皇や将軍家御用達の花火として作られていたようだが、今は田舎のほうでいくらか作られているだけらしい。

 そんな「火花のもと」だが、花火となって爆発したあとにこうしてまだ生き残っていることがあるのだ。ある程度の大きさが無いと生き残ってはいられないのだが、それにしたって珍しい。
 私は線香花火のごとく小さく丸まってぱちぱちと火花を散らす欠片を、なんとか持ち帰れないかと思った。硝子瓶の中にでも落とせばしばらく保つに違いない。
 昔は火花のもとはそれこそ線香花火のように、糸につけて垂らしていれば家にまでは持ち帰れると言われていた。
 とはいえ糸が無い。

 服を引っ張ろうとしても無理だった。
 さすがに人命がかかっているわけでもあるまいし、自分の服を破くのは、とガサガサしているうちに、火花のもとがぽんと地面にバウンドした。

 ――あ。

 跳ね返った火花のもとは、私の身長をゆうに飛び越えて、空中でぱんと爆ぜた。
 とても小さな音だった。
 破裂したそれは数十センチの小さな花火となって、夏の夜空を背景に咲いた。

 あまりに小さく、そしてあまりにあっけなかったが、私はついぽかんと見とれてしまった。

 ――……しまった。

 動画でも撮っておけばよかったと後悔したが、あとのまつりだ。
 それでも。

 夏の残りのような小さな花火は、私の目に焼き付いたのだ。

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