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街道をさるく ~長崎街道起点小倉~

 『街道をゆく』を読んでいるお話をしていたかと思います。時を同じくして私の推しのユーチューバ―「スーツ」さんが東海道を自転車で旅するプロジェクトに取り組まれている姿を目にしました。

 そんなことに触発され私も「街道」というものに興味を持ち、少し歩いてみましたのでひとつお話できればと思います。長くなりそうなので、連載という形にしようかな。

全ての道は小倉に通ず

 あまり時間が取れなかったので今回は短い距離を歩きました。九州・福岡県は北九州市小倉。市南部の福智山に端を発する2級河川・紫川に架かる常盤橋です。

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 「全ての道はローマに通ず」という言葉がありますが、現代の鉄道路線もそうであるように、九州各円から延びる街道はこの豊前国小倉の地へと集約され、人々は門司往還を経て門司の港より本州・下関へと歩を進めていたというのが江戸の時代までの習いでした。その集約点となったのが、この常盤橋だったのです。

 忠実な日本地図で知られる伊能忠敬。彼の測量旅もここから始まったんだそうで、今でも石碑があります。背後には日本を代表する地図メーカーのゼンリンのオフィスとミュージアムが見えますね。何か縁を感じさせます。

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 長崎街道へ

 常盤橋を渡り、歩を進めますのが国際貿易港・肥前国長崎へと通じる長崎街道です。通称を「シュガーロード(砂糖の道)」と申しまして、かつてオランダから輸入された砂糖が運ばれていたことに由来します。というわけで街道沿いでは様々な西洋菓子が作られておりまして、長崎は言わずもがなのカステラ、肥前・佐賀のマルボーロなどが広く知られていますね。また今でこそ「博多通りもん」が全国銘柄となっていますが、街道沿いの筑豊地域をはじめ、福岡県内にはお菓子メーカーが多数点在していまして、小倉の街にも「湖月堂」など老舗菓子メーカーが出店しています。

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常盤橋南側

 常盤橋は歩行者及び自転車などの軽車両のみ通行が許されています。その為バス通りである国道199号線・勝山通りが走る、隣の「勝山橋」が現在ではメインストリートです。かつて西鉄北九州線の路面電車が走っていたことから地元の老若男女こぞって「電車通り」と呼ぶそうですが、古地図によるとかつては小倉城の外堀であったようです。また紫川も現在こそ多くの橋が架かり様々な所から渡ることができますが、江戸時代にはこの常盤橋のみがかかっていたんだそうです。小倉城内への侵入を防ぐ天然の要害だったというわけです。

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 常盤橋北側

 北側に目を向けますと、JR在来線と山陽新幹線の鉄道橋が架かっています。その奥には199号線バイパスの橋が架かり、その先紫川は大きく右にカーブしいよいよ響灘へと注ぐ訳ですが、このあたり一帯もかつては海で、埋め立てられて整備されたという事です。J2ギラヴァンツ北九州の本拠地スタジアムもある小倉駅の新幹線口周辺が海だったとすれば、小倉の城下町は本当に海が近かったんだなと実感させられますね。

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 常盤橋を下り、室町の界隈に入っていきますがこの先は次回に譲りたいと思います。

面白いアニメ聖地があれば教えてください。読者様がお望みでしたら、どこでも駆けつけ取材したいと思います。