見出し画像

春の七草

あれは息子がまだ幼稚園の年長の時
お正月開けて間もない頃
下の娘が2歳と小さく
寒い冬空の元
外で遊ばせるには少しためらったあの日

息子は珍しく
外に出たいとだだをこねた
妹が風邪気味で無理に出れないこと
どんなに説明してもどうしても行くと言う

私も半分腹立ちもあり
好きにしなさいと冷たく言い放った
息子は少し悲しそうな顔をしながら
娘を起こさないように
そっと扉を閉めて一人外に出た

言い放ったものの気にはなり
ぐずる娘をちゃんちゃんこにくるみ
その後を急いで追った

いつもの幼稚園の道まで子供の足で10分
まっすぐ伸びた歩道に
息子の姿は見えなかった
幼稚園の園庭にも
たまに寄り道をする路地にもいない

私はすぐさま後悔をした
もし何かあったらどうしよう
取り返しのつかない事態ばかりが頭をよぎる

するとその時田んぼのあぜ道から
ひょっこり息子が姿を見せた
片手には絵本
もう片手には何やら雑草を掴んでいる
息子は少し歪んだ表情を見せると
私の顔をみるやいなやオイオイ泣き出した

今日幼稚園で聞いたお話
元気がでるからと
七草粥を妹に食べさせようと
野の草の絵本を片手に探検に出たのだという
探したのだけど
どうしても見つからないと

私は息子に
「ごめんね、ごめんね」と何度も謝った
今までも春にはヨモギやつくし
そして初夏にはノビル
いつも野の草の図鑑を片手に
二人であちこち散歩しては探していた
妹が生まれ
少し母親を取られた寂しさと
兄としての誇りが
どうしても七草を見つけたいと思ったのか

かじかんだ手をさすりながら
その名もない草を大事にもって
家路に着いた

あったかいミルクを飲みながら
二人でゆっくり絵本を開いた
今日は膝の上の指定席
息子に独占させてあげよう
何度も何度も読み返した「野の草花」の絵本
優しいイラストはどんな写真より
そのあり様の特徴を伝えている

「せり、なずな、ごぎょう、はこべら
ホトケノザ、すずな、すずしろ 春の七草」
1月7日が訪れるたび
思い出と共に
胸のあたりが心なしか痛む
あの日ひょっこり顔を出した
息子の顔が今でも忘れられないから

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?