激甚化する災害とスペース・デブリのリスク
1. スペース・デブリと分布
宇宙のゴミといわれるスペース・デブリについては宇宙条約上の定義はありません。
スペース・デブリの発生原因は、衛星の破砕・部品・破片の放出、宇宙空間混雑による衝突、意図的な破壊実験、運用終了衛星、軌道投入用の使用済みロケット(上段部)等とされています。
低軌道では秒速8㎞近い超高速のスペース・デブリが、運用中のロケットや人工衛星に衝突すれば、機能不全や一部機能喪失等の損害が発生するおそれがあり、また宇宙飛行士が滞在する国際宇宙ステーション(ISS)に衝突すれば、生命・身体への直接的な危険があります。
2011年6月28日には、古川聡宇宙飛行士が滞在中のISSにスペース・デブリが接近し、クルーが脱出用の宇宙船に一時避難する退避マヌーバが行われました。
ただ、宇宙条約やその他の宇宙関係の条約をみても、スペース・デブリの衝突による損害や除去の問題を誰がどのように負担するのかは明確ではありません。
現在、軌道高度800kmから850kmをピークに高度2000km以下の低軌道と赤道上高度約36,000kmの静止軌道においてスペース・デブリが多数存在しています。
そして、低軌道のうち700kmから1000km付近が一番混雑している状況だともいわれています。
スペース・デブリ同士が衝突すれば破片となってさらに増加し、いわゆる「ケスラーシンドローム」として危険性が指摘されている連鎖的な自己増殖に至る可能性もあります。
宇宙空間の持続的な利用のためにスペース・デブリ対策が必要です。
2. 大規模災害時の人工衛星による災害観測や衛星電話の有用性
近年、災害が頻発し、激甚化しています。
大規模災害の場合、人工衛星による災害観測や衛星電話が極めて有用です。
(1) 東日本大震災での「だいち」「きずな」「きく8号」の活躍
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、陸域観測技術衛星「だいち」が大活躍しました。
東日本大震災は被害地域が広範囲に渡ったため、政府や地方自治体は、いち早く、現地の被害状況等の全貌を把握して救援対策を講ずる必要がありました。
その際、「だいち」による災害前後を比較した衛星画像が初動期の第一次情報源として非常に有益だったとされています。とりわけ、衛星画像上に地名や道路等の地理空間情報データを重ね合わせたことや、発災前の画像が数ヶ月程度の最近のものであったことが利便性を高めたと評されています。
宇宙航空開発研究機構(JAXA)は、震災翌日から「だいち」を用いて被災地域の継続調査等災害監視を行いました。従前、海外で発生した大規模災害にJAXAや「だいち」が貢献してきたこともあり、東日本大震災時に国際協力が得られ、海外が保有する衛星の集中観測から得られた衛星画像の提供を受けることもできました。
JAXAがこれらの画像を防災機関が利用しやすいように処理・解析した上で政府や地方自治体に提供したことにより、地上や航空機では取得困難な広域俯瞰的な被害状況の把握や災害対応計画の立案等に活用されました。
加えて、東日本大震災では、超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)や技術試験衛星Ⅷ型「きく8号」(ETS-Ⅷ)も、通信環境の提供に役立ちました。
「だいち」「きずな」「きく8号」の各活躍により、国民にとって、人工衛星による災害観測や衛星通信が身近になったともいえます。
とりわけ災害観測においては、被災地域の変化を適切に抽出するために人工衛星による長期間の繰り返しの観測が重要となり、 わが国の人工衛星が必要です。
(2) 令和元年に襲った大型台風時の衛星電話の活用
災害時の連絡手段としては、固定電話、携帯電話、防災行政無線、IP無線、衛星電話が挙げられます。
全国的にみると、災害時に防災行政無線を整備しない自治体が増え、携帯電話の回線を使ったIP無線へシフトしている傾向があります。これは、防災行政無線の中継局の整備や維持にコストがかかるためです。
衛星電話も、コスト高を理由になかなか浸透していないという現実がありました。
ところが、状況が大きく変わりつつあります。
携帯電話や固定電話の災害時の脆弱性が問題となったからです。
携帯電話や固定電話は、通信の殺到により通話規制が実施されます。停電で基地局の電源が尽きると使用不能になり、地上設備等の損傷に左右されてしまいます。
令和元年9月に千葉県に甚大な被害を及ぼした台風15号は記憶に新しいと思います。
大規模かつ長期的な停電が起こり(最大約64万戸)、インターネット回線・固定電話・携帯電話の断絶や通信障害が発生したことで、南房総エリアの状況把握に大幅な遅滞が生じました。
当初、現地と連絡が取れなかったため、千葉県の房総エリアの深刻な被害状況が政府や県に伝わっておらず、住民への早期の支援が十分行き届かなかった可能性が指摘されています。
主に、基地局の電源が尽きたためです。
携帯大手3社は被災直後から移動電源車や海からの電波復旧も試みましたが、大規模かつ広範囲の停電だったために十分な電波の復旧には至らなかったようです。
反面、衛星電話は使用可能であったため、衛星電話を用意していた地方自治体とは連絡が取れていたとされています。
衛星電話には、地上の災害の直接的な影響を受けにくく、災害直後の通話規制の影響を受けにくい利点があります。
現在、国内で使用可能な衛星電話システムは4種類(イリジウム、インマルサット、ワイドスターⅡ、スラーヤ)あります。各システムの人工衛星は、イリジウムが低軌道、その他は静止軌道にあります。
千葉県は、令和元年台風15号の反省から、続く令和元年台風19号の際には、台風が上陸する前日までに衛星電話を持った県職員を全市町村に派遣する決定をしました。
今後は、地方自治体や企業で、災害時の危機管理に関する意識改革が進み、衛星電話の需要が拡大すると考えています。
3. 国民のライフラインに対する脅威としてのスペース・デブリ-SSA、デブリ除去技術開発への期待
将来的には、地方自治体や企業において、衛星電話を加えた、災害時の連絡手段のベストミックス化(固定電話、携帯電話、防災無線、衛星電話等)が進んでいくと想定しています。
ただ、衛星電話が利用する人工衛星は、スペース・デブリの問題が大きいと指摘されている低軌道と静止軌道にあります。
スペース・デブリは、決して遠くの宇宙空間だけの問題ではなく、国民の安心・安全な生活のためのライフラインに対する脅威ともなり得る問題ですので、スペース・デブリの発生予防等に向けて積極的な対策を講ずる必要があります。
わが国では、現在、宇宙物体の軌道を把握し管理するためのSSA(Space Situational Awareness:宇宙状況把握)にJAXAと防衛省が連携して取り組み、スペース・デブリの観測や予測能力の向上に努めています。
このSSAの能力向上は極めて重要です。
そして、現在、国内外で開発中のスペース・デブリ除去に関する各種技術と早期の実証に熱い期待を寄せています。