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世界の最新宇宙活動と宇宙法政策-米国編

 今回は、2021年に開催された国連COPUOS(宇宙空間平和利用委員会)本委員会と同法律小委員会における米国の見解のポイントを交えながら、米国の最新の宇宙活動と宇宙法政策をご紹介します。

1.キーワードは「国際パートナー・事業パートナーとの協力」と「宇宙空間での責任ある行動」

(1)「国際パートナー」と「事業パートナー」の役割

 2021年のCOPUOS法律小委員会では、宇宙資源が重要なイシューで、米国が主導するアルテミス合意に注目が集まりました。

 アルテミス合意は、2020年10月にまず8ヵ国(米国、日本、カナダ、イギリス、イタリア、オーストラリア、ルクセンブルク、アラブ首長国連邦)が署名し、追って7ヵ国(ウクライナ、韓国、ニュージーランド、ブラジル、ポーランド、メキシコ、イスラエル)が順次署名しました。

 COPUOSで、米国は、商業利用を含む宇宙資源の利用は、国連の4つの主要な宇宙関係条約(宇宙条約、救助返還協定、宇宙損害責任条約、宇宙物体登録条約)と一致しているとした上で、アルテミス合意は拘束力のない原則であり、宇宙条約の下での義務をどのように実行するかを定めたものであって、既存の宇宙法の枠組みを補完し、サポートするものであると主張しました。

 そして、月探査には「国際パートナー」や「事業パートナー」と協力して取り組むと強調していました。

 米国としては、歴史上採ってきたルールメーキングの主導手法に沿って、アルテミス合意によって「国際パートナー」との間で共通の枠組みを構築した上で、署名国を増やしてその支持を拡大すると共に、主要な「国際パートナー」に加えて、「事業パートナー」である米国企業等にその枠組みに従った宇宙資源探査・開発・利用を進めさせることで、国際慣習法を形成するための「一般慣行」を積むことが視野にあると考えられます。

(2)「宇宙空間での責任ある行動」の矛先

ア 中国による落下問題
 中国の威信をかけた独自の宇宙ステーション(China Space Station:CSS)は、落下問題がたびたび取り沙汰され、世界に緊張を走らせてきました。

 試験段階の2018年4月には「天宮1号」が、2019年7月には「天宮2号」が、地上に落下するのではないかと報道され、結果的には、いずれの破片も海上に落下しました。

 2020年5月には、中国が同月初めて打ち上げた「長征5号B」ロケットの残骸(第一段)が、大西洋上空において大気圏に再突入しました。この破片がアフリカ西部にあるコートジボワール共和国の地上に落下したとして、複数の家屋に被害を出したとする報道もあります。

 「長征5号B」とは、CSSプロジェクト向けに開発されたロケットで、CSSのコアモジュール・宇宙船のような大質量のペイロードを低軌道に打ち上げることを目的としています。

 2021年5月には、同年4月に打ち上げられた「長征5号B」の残骸(第一段)が、大気圏に突入し、その破片がインド沖の海上に落下しました。
 この残骸の落下に関しては、米国を中心に、「制御不能落下」「歴代最大の制御不能のスペース・デブリ」などと発信されていました。

イ ビル・ネルソンNASA長官の非難声明
 NASAのビル・ネルソン長官は、2021年5月、「中国がスペース・デブリに関して責任ある基準を満たしていないことは明らかだ」などとする非難声明を発表しました。
 (https://www.nasa.gov/press-release/nasa-administrator-statement-on-chinese-rocket-debris)

 COPUOSで、米国は、要旨、以下の主張をしました。

 米国は、「責任ある宇宙活動のアクターは、全人類のために宇宙の恩恵を維持するために、開放性、透明性、予測可能性をもって活動する 」との原則に同意している。
 米国は、他国がこの原則を承認するよう奨励している。
 すべての宇宙事業者は、軌道上での活動においても、宇宙物体が地球に再突入する際にも、同原則を以て活動しなければならない。
 NASAのネルソン長官が述べているように「宇宙開発国は、宇宙物体の再突入による地球上の人々や財産へのリスクを最小限に抑え、その運用に関する透明性を最大限に高めなければならない」。
 米国は、予見可能なリスクを最小限に抑え、透明性を最大限に高めることができない国は、国際社会全体を不必要なリスクにさらすことになり、そのような失敗は受け入れられないと考えている。

 宇宙開発の歴史から考えると、米国やロシアも落下問題を起こしており、制御落下のあり方を含めた議論の必要性を感じました。

(3)2020年は米国の宇宙計画にとって歴史的な年

 COPUOSで、米国は、自国の宇宙計画にとって、2020年は計画の成功と重要課題に対する法政策の2点で歴史的な年となったと位置付けました。
 また、人類の宇宙進出にとって画期的な年であったとの見解も表明しました。
 具体的に検討していきましょう。

2.最新の宇宙活動

(1)パンデミックの医療に対するNASAの技術貢献

 直接の宇宙活動ではないものの、NASAならではの宇宙技術のスピンオフには、さすが米国と驚くべきものが多数あります。

 例えば、NASAとジェット推進研究所は、米国で最初のウイルスが発見された初期段階で、医療支援を強化することを決定し、「VITAL人工呼吸器」を開発しました。

 「VITAL人工呼吸器」は、従来の人工呼吸器よりも少ない部品で構成され、37日間という短期間で開発されたものです。
 そのため、サプライチェーンが寸断されていても、迅速に製造することができたとされています。

 「VITAL人工呼吸器」の需要は即座に高まり、世界中の100社以上のメーカーが無償ライセンスに応募し、結果31件のライセンスが付与されました。
 NASAの技術としては史上最多のライセンス数になります。

 NASAの宇宙技術のスピンオフについては、NASAの出版物“Spinoff2021”が参考になります(http//spinoff.nasa.gov/)。

(2)打上げ

 ロケット打上げ回数は、2018年2019年と中国にトップを奪われました。
 2020年は、自国内の打上げ回数では中国の方が多いのですが、米国企業が国外にある自社の射場で打上げた回数を含めると、米国がトップともいえます。

 他方で、2021年は、中国が55回、米国が43回で、中国に大きく差をつけられました。

(3)有人宇宙飛行とISS(国際宇宙ステーション)

ア 「クルードラゴン」の運用開始
 2020年5月、SpaceX社が製造した「クルードラゴン」によって国際宇宙ステーション(ISS)への「SpaceX Demo-2」の試験飛行が行われました。

 これは、2011年に「スペースシャトル」が退役して以来、米国国内から打ち上げられた初の有人宇宙ミッションになります。

 この試験飛行に続いて、2020年11月、有人宇宙船「クルードラゴン」によるISSへの初の商用クルーによる運用段階の飛行が行われました。
 この宇宙船には日本人の野口聡一宇宙飛行士ら4名が搭乗していました。

 クルードラゴンは、2021年9月に4名の民間人を乗せて、3日間、地球を周回しました。
 これに先立つ同年7月には、Virgin Galactic社が、有人宇宙船「スペースシップ2 ユニティ」の試験飛行(高度80kmに到達。3分間の無重力体験)に成功しました。
 Blue Origin社も、同年7月、同年10月、同年12月の3回、有人宇宙船「ニュー・シェパード」によるサブオービタル飛行(地球を周回せず、宇宙空間に到達後に地球に戻る弾道飛行)に成功しています。

 クルードラゴンの成功は、宇宙旅行の新時代を告げるものとも言えます。

イ ISSの今後
 ISSでは、2020年11月に、人類が継続してISSに滞在して20年目を迎え、クリスティーナ・コック宇宙飛行士が、女性の宇宙滞在最長の328日間という記録を達成しました。

 ISSに関して、米国は、アルテミス計画の唯一の宇宙実験場であり、ステップストーンであると位置づけています。 
 そのため、有人月探査に向けて行うべき実験が多数待ち受けているとされています。

 2022年1月には、NASAが、ISSの運用期限について、現行では2024年までのところ、6年間延長して2030年までとする意向があると表明しました。

(4)月探査

ア アルテミス計画
 NASAが主導する「アルテミス計画」(2019年5月公表)では、2024年までに人類初の女性と有色人種を月に着陸させ、人類を月に戻すことを目指しています。

 米国は、月探査を、有人宇宙開発の歴史の中で最も多様性に富んだ「事業パートナー」や「国際パートナー」と協力して実現すると表明しています。

 ただ、現在、アルテミス計画は大幅に遅延しており、トランプ政権時代に出された2024年に有人月面着陸との目標は、2026年以降になる可能性が高いとされています(“NASA’S MANAGEMENT OF THE ARTEMIS MISSIONS”)。

イ Gateway計画
 月周回有人拠点(Gateway)計画もあります。
 Gatewayは、月面と火星探査に向けた中継基地として、月の軌道を周回し、月の探査を長期的にサポートする居住可能な宇宙ステーションです。

 2020年、米国とNASAは、日本、カナダ、欧州宇宙機関(ESA)と各々、Gatewayの建設と運用に関する拘束力のある協定に署名しました(日本は2020年12月に「民生用月周回有人拠点のための協力に関する日本国政府とアメリカ合衆国航空宇宙局との間の了解覚書」に署名)。

 米国によれば、Gatewayに関しては、すでに、米国、カナダ、欧州、日本の企業がGatewayの部品製造に取り組んでいるとしています。

(5)火星探査

 アルテミス計画では、有人月面探査の先に火星探査を置いています。

 2021年2月、NASAの火星探査ミッション「Mars 2020」により、2020年7月に打ち上げられた火星探査機「Perseverance」が火星への着陸に成功しました。

 2021年4月には、「Perseverance」に搭載されていた実証実験機「Ingenuity」ヘリコプターが、動力付き航空機としては初めて地球以外の惑星での飛行に成功しました。

 火星探査機「Perseverance」は、火星に生命が存在する可能性を探り、生命の痕跡を探しています。

 米国は、火星でのロボット探査から得られた知識をもとに、有人火星探査計画を開始すると表明しています。

(6)地球近傍天体(NEO)

 米国は、地球近傍天体(NEO)の発見と小惑星の衝突を緩和する技術の研究をしています。

 NASAの小惑星サンプルリターンミッション「OSIRIS-REx」は、2020年10月に地球近傍の小惑星「ベンヌ」の表面からの採取に成功しました。
 ベンヌは、2175年から2199年の間に累積で2,700分の1の確率で地球に衝突すると計算されている、大きさ0.5kmの危険な小惑星になります。

 2022年秋には、DART探査機は、地球近傍の小惑星「ディディモス」の160mの衛星に衝突し、深宇宙で小惑星の軌道を変更する運動衝撃軌道修正技術を実証する予定です。 

(7)リモートセンシング(地球観測)

 2021年9月には、NASAと米国地質調査所(USGS)は、地球観測を行う「Landsat 9」を打ち上げました。
 1972年の1号機の打上げ以降、Landsat衛星シリーズは50年を迎えました。

 Landsat衛星は、長期的な地球観測により、災害観測、森林破壊、都市、水資源などのモニタリングを行っています。

 USGSは「Landsat 7」と「Landsat 8」の運用を継続しており、Landsat衛星は、毎日約5,000万平方キロメートルの土地観測データを追加し続けています。
 このLandsat衛星が撮影した約950万枚の画像は自由に利用することができます。

(8)宇宙望遠鏡

 1990年に打ち上げられたNASAの「ハッブル宇宙望遠鏡」は30年を越え、高精度の天体観測を実現し、宇宙に対する理解を深め続けています。

 その後継機として、2021年12月、赤外線観測用宇宙望遠鏡「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」が打ち上げられ、2022年1月に展開に成功しました。

 「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」は、世界最先端の技術が数多く搭載されています。

 「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」には、ビッグバン後の宇宙初期に形成された最初の銀河からの光を観測して、宇宙の秘密を解明するミッションがあります。

3.最新の宇宙法政策

 米国の宇宙法政策は、2020年と2021年に様々な分野で大きく進展しました。

 COPUOSでの米国の主張から、宇宙法分野では、①スペース・デブリの低減、②LTSガイドライン(宇宙活動の長期持続可能性ガイドライン)の実施、③宇宙資源の利用を優先的な重要課題だと考えている印象を受けました。

(1)スペース・デブリ低減に向けた国内法政策

 米国は、40年以上に亘って、軌道上のデブリ緩和政策、要求事項、軌道上のデブリ環境の特徴を明らかにする取り組みを主導してきました。

 国内においては、各省庁の宇宙活動の許認可の段階で、衛星や宇宙発射システムの設計段階から使用後の廃棄に至るまで、スペース・デブリの低減を考慮した法規制となっています。

 もともと、軌道上のデブリについては、増加を抑制するために、新たなデブリの発生を最小限とする目的で1988年に米国の「国家宇宙政策」(National Space Policy)に初めて盛り込まれました。
 1989年、1996年、2006年、2010年と、すべての「国家宇宙政策」で、新たなデブリの発生を抑制することに重点が置かれています。

 2020年12月に発表された米国「国家宇宙政策」においても、宇宙活動の長期持続可能性のために地球近傍の宇宙環境を維持する必要がある、そのために新たなスペース・デブリの発生を制限することが重要である旨強調されています。

 また、軌道上での偶発的な爆発を抑制し、ミッション後の適切な処理を行うなど、新たなデブリの発生を最小限に抑えることに重点を置いた軌道上デブリの軽減策の重要性も書かれています。

(2)国際的なルールメーキングに向けた布石

 上記のような法政策に加え、米国は、軌道上のデブリの研究、技術開発、監視能力への投資を継続し、軌道デブリのリスクを低減するために、国際社会に向けた取り組みを行っています。

 例えば、2020年8月に、NASAは最新のデブリ評価ソフトウェア(DAS)をリリースしました。

 同年12月には、NASAが新しいハンドブック“Spacecraft Conjunction Assessment and Collision Avoidance Best Practices”を発表し、宇宙機の衝突評価と衝突回避のためのベストプラクティスを示しました。
 このハンドブックの目的は、軌道上での活動のベストプラクティスに関する情報を衛星運用者と共有し、将来の運用の安全性を向上させることにあるとされています。

4.おわりに

 米国の宇宙計画は、卓越した技術力と民間部門を含めた層の厚さを背景として、宇宙大国ならではの全方位における戦略的かつ合理的な内容です。

 日本でも、例えば、米国の国内宇宙産業育成の手法であるアンカーテナンシーが取り入れられつつあります。

 個人的には、米国の宇宙活動に対する規制の考え方であるボトムアップ方式やベストプラクティス方式を、より積極的に取り入れるべきだと考えています。 

 COPUOSで、米国は、「透明性、実用性、法の支配への信頼、そして宇宙で偉大なことを成し遂げるための協力を重視することで、その成功が人類全体に利益をもたらす」と主張していました。

  ルールメーキングにおける米中対決がどう展開されていくのか、2022年のCOPUOSも要注目です。