関西クィア映画祭2022実行委員になる理由
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関西クィア映画祭2022実行委員になる理由

夢乃くらげ

みなさん、こんにちは。夢乃くらげです。今回はわたしが関西クィア映画祭2022の実行委員になる決心をしたことについて書きたいと思います。映画祭を作る側に10年ぶりになろうと思ったきっかけや、映画祭についても触れていきたいです。

わたしは関西クィア映画祭2011の実行委員でした。その時はまだ何もわからず、会議のたびに勉強しているような気持ちで、大変だったなと思います。その後、7年ほど仕事などの関係で映画祭を離れ、2018年から当日スタッフとして手伝いをするようになりました。

関西クィア映画祭ってどんな感じなの?と思っていたり、興味のある方はぜひ最後まで読んでみてください。

関西クィア映画祭とは

関西クィア映画祭(KQFF)とは、2005年に始まったクィアを切り口に「性」をテーマにした映像作品を上映するお祭りです。いろんなミニ企画やイベントなどをしつつ、ほぼ毎年、映画祭をされてきました。

映画祭について、わたしが好きだなと思う文章をホームページから引用したいと思います。


性に当たり前なんてないよ あなたはどんな性別で暮らしていますか? 恋愛やセックスは好きですか?どんな恋愛やセックス、人との関わり方をしていますか? 「男らしさ」や「女らしさ」が期待されることに、しんどくなった経験はありませんか?もう既に「男女という制度」の枠組みから出て、自分らしい性を生きている人たちが、沢山います。典型的であってもなくてもいい。変(=クィア/queer)でもいい。性のあり方は多様だ。私たちは生きていける!「クィア」を切り口に「性」をテーマにした映像作品を上映する関西クィア映画祭は、そんなメッセージがあふれる「みんなのお祭り」です。 第14回 関西クィア映画祭2021|趣旨

上記の引用を読んでいただければ、どういった映画祭なのかはわかってもらえると思います。更に補足すると、今までLGBTだけではなく、多様な性についての作品(Aセクシャルの作品など)を上映されてきました。セクマイ系だけでなく、慰安婦や辺野古について、また、ろう者が主人公の作品なども上映されており、あらゆる問題やマイノリティについても触れています。

第14回 関西クィア映画祭2021では日本語の映画にも日本語字幕が付いていました。それは、聞くことが難しくない人たちにとっては不必要ですが、聞くことが難しい人たちにとっては必要なものです。映画祭はそういった「なくても特に不自由しない」という自分の特権、自分のマジョリティな部分に気づくことができる場であるとわたしは思います。それと同時に、多様な人がいると思える場でもあります。本当にいろんな人がいるのだと感じられて、わたし自身、肩の力が抜けるような場所だなと感じています。

関西クィア映画祭はこういったお祭りです。「クィア」というと何かわからない方も多いと思います。なので、「クィア」についても映画祭のホームページから引用しておきたいと思います。

英語で「奇妙な/変な」という意味で、性的にフツーでないとされる人への蔑称だった「クィア」。LGBT という言葉がフツーになった今だからこそ、私たちは敢えてこの言葉を使います。それは、LGBTにとどまらず、様々な性や生を肯定したいから。

わたしは「普通」じゃなかった

わたしは幼い頃から、「お前はおかしい」「普通じゃない」と言われて育ってきました。メインストリームに上手く乗れずに生きてきたというような感じです。なので、「普通」ではない自分を高校までは「駄目な人間だ」と思っていました。

初恋は2人、小学生で同性(そのときは同性だと思っていました)を好きになり、中学生で「男になりたい」と葛藤する。女性らしさを押し付けられることへの窮屈さを感じる。そんな「普通」じゃない自分はおかしい。そう思っていたのです。

それ以外にも、虐待やいじめ、病気での入院や手術などの経験もあり、「やはり、自分は『普通』じゃないんだ...」と苦しんでいました。

しかし、わたしは夜間定時制高校に入学したことで変わりました。いろんな事情を抱えた人たちがクラスにはたくさんいたのです。そういった環境に身を置けたことによって、「『普通』じゃないのはおかしいことじゃないんだ」と知ることができました。

「普通」じゃないわたしを、当然のように受け入れてくれる。そんな場所に初めて出会えたわたし。それからは、「『普通』じゃないわたしでいい」「みんな『普通』じゃない」「『普通』ってなに?」と思うようになりました。そう考えていく中で、「『普通』じゃないわたしがわたしの中では普通である」とポジティブに捉えるようになったのです。

「わたしはわたしらしく生きていける」「『普通』じゃなくても、『普通』でも、生きていける」という自信を高校生のときに得ることができました。

そうして大学に進学してから、関西クィア映画祭と出会いました。

「無知」との出会い

関西クィア映画祭に関わって、当日スタッフから実行委員になり、一年を通して映画祭を作っていくことにしたわたし。そこで、痛感したのは自分があまりにも「無知」であるということでした。

会議で飛び交う単語がわからない。時間をかけて説明されていることがわからない。そもそも、前提が共有できてなくて、話がわからない。頑張って文脈から、「この単語はこういう意味だろう」とか考えていました。なので、頑張って請け負った仕事だけはやろうと思って、とにかく頑張って頑張って駆け抜けた一年でした。

世の中にはこんなにも知らない(自覚できていない)問題があるのかと、途方に暮れたりもしました。しかし、その体験はわたしにとって重要なものでした。そのときはまだそう感じることはできなかったのですが。

実行委員は映画祭を毎年、一から作っていく必要があります。それは、膨大な会議や作業を自分の時間を割いてまでやり続けるということです。ただ、楽しそうだから参加してみたわたしにとっては、めちゃくちゃに大変なことでした。

映画祭をやるまでに、こんなにも膨大な作業や会議が必要になるなんて、想像もできませんでした。字幕をつけたり、チラシを配り歩くだけでも、大変な作業です。

関西クィア映画祭はわたしの「無知」にズバズバと突っ込んできて、あれもこれも知らないのか!という現実を突き付けてくる。そんな場所でもあるのでした。(そして、それは今でもそうです)

忘れようとしたけれど...

一年、実行委員をやって、わたしは実家を出ることや新しく仕事を始めることなどもあり、関西クィア映画祭から離れることにしました。疲れてしまったのも、正直あります。

自分の「無知」に向き合わなくなり、自分のことをクローズするようになり、「普通」のフリをしてみたときもありました。しかし、わたしの息苦しさは変わらずここにあったのです。映画祭のことも忘れようと一時は思いました。結婚したときなんかは強くそう思い、「普通」になるんだと決めたりしたものです。

そうして、7年もの間、関西クィア映画祭のことには一切、触れずにいました。しかし、わたしは自分が抱える息苦しさに耐えられませんでした。息苦しさというのは「わたしらしく生きていない」という苦痛のことです。セクマイであることすら言わなくなっていた状態に、耐えられなくなったわたしの頭に浮かんできたもの。それは、関西クィア映画祭でした。

「もう一度、映画祭に行こう」そう思い、わたしは7年ぶりに映画祭の当日スタッフ説明会へ行きました。わたしはそのとき、また「わたしらしく生きること」を選択したのだと思います。

やっぱり映画祭が好き

久しぶりの映画祭には知っている人もいましたが、知らない人もたくさんいました。わたしが関わっていたときよりもコミュニティ化も進み、「久しぶり!」と挨拶しているスタッフを見て驚いたのを覚えています。

参加してみると、とても楽しく、いろんな人がいて、「わたしはわたしらしく生きていけるんだ」という気持ちが蘇りました。他にもいろんな気持ちを思い出しました。「LGBT以外のマイノリティも当たり前にいる場をなくしたくない」という思い、「『普通』じゃなくても生きていけるんだ」という思いなど。

わたしが実行委員をしていたときよりも、情報保障が多くなっていたり、関わる人が多くなっていたりして、それにも驚きました。「映画祭に来て良かった!」と強く思ったわたしは少しずつ変わっていきます。

自分らしく生きることをまた選択し始めたのです。生活も、言うことも、あらゆるものを変えました。自分のことを素直にオープンに話すようにし、もう一度やりたかった風俗もやって、いろんなことを考えるようになります。自分のマジョリティな部分や男社会について、セックスワークへの差別についてなど。それまで見ていなかったところに目を向けられるようになりました。

関西クィア映画祭がわたしの人生を変えるきっかけになったのです。

もう一度、頑張りたい

また映画祭に関わるようになって、もう一度、頑張って映画祭を作っていきたいという思いが強くなりました。

それは、社会の構造を変えていくための運動がここにあって(ここでならできて)、LGBTだけじゃない場を失くさないためにも、やれることをできる限りやりたいと思うからです。

この社会にはいろんな問題がありますが、映画を通して、また「性」というテーマを通して、いろんな人に知ってもらい、自分自身も考えていくことが、関西クィア映画祭ならできると思っています。それは、わたしが生きていく中でするべき(したい)反差別や反男社会への運動であると思います。

わたしがわたしらしく生きていくためにも、もう一度、映画祭としっかり関わりたいと思ったのです。どこまでやれるかはわかりませんが、なんとかできるところまで頑張りたいです。

さいごに

関西クィア映画祭は毎年、必ずあるものではありません。実行委員や当日スタッフ、他にも素敵な作品や字幕協力など、いろんな人によって成り立っています。良ければ、あなたの力も貸してください。

●実行委員として映画祭に関わる

実行委員として関わりたい!そんな方はこちら(staff@kansai-qff.org)へメールをください。お電話は080-3820-2731(留守電)、FAXは06-7878-8882。また、TwitterのDMなどからでも連絡可能(なはず)です。

●カンパ、寄付で応援する

1、以下の銀行口座に直接お振り込み

三菱UFJ銀行(銀行コード0005)
西陣支店(店番441)
普通 0014049
カンサイクイアエイガサイ

2、シンカブルからカンパ、寄付

こちらからシンカブルへアクセスし、「寄付する」ボタンから寄付できます。月額1000円/5000円/10000円、または年度額10000円以上寄付していただいた方に限り、「サポーター」として登録され、「関西クィア映画祭をサポートする会」に入れます。サポーター特典もあります。 ※「年度額10000円以上」ではない、一回払いのお支払の場合は、サポーター登録はせず、サポーター特典も受けられません。

●映像作品を映画祭へ送る

こちらからメールフォームへアクセスし、作品を応募する旨をお伝えください。あなたの作品は次回の映画祭で上映されるかもしれません!

などなど、他にもいろんな協力の仕方があります。気になる、という方はとりあえずメールフォームから連絡してみてください。わたしのTwitterのDMから連絡くださっても構いません。

関西クィア映画祭をこれからも続けていけるように、たくさんの方のご協力が必要です。よろしくお願いいたします。


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。夢乃くらげでした。


ちょっと編集:一花




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夢乃くらげ
こんにちは。普段、思っていることなどを書いている夢乃くらげといいます。セクマイ、嫉妬について、いじめや虐待、不登校や引きこもり、いろいろなことの感想など、幅広く書いていこうと思っています。良ければ読んでみてください。