異界剣法帳

その男は、起のウェスカ、といった。

幼い頃から気性が荒く、周りには諍いが絶えず、様々な厄介事の起こりは彼から始まっていた。だから起のウェスカと呼ばれ、嫌われた。

転機は齢が十を数える頃、村一番の力自慢の乱暴者を素手で撲殺したことだ。今度は彼が乱暴者として振る舞う番だった。

彼の狼藉がエスカレートするごとに村は危機感を覚え、最終的に彼は闇討ちされることになる。

その夜をもって、その村は消えた。

そして起のウェスカの行方も誰も知らなくなった。

(嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!)

この男は、来のウェスカ。帝国軍の少尉の階級を持つ、無慈悲なる略奪者。私掠証と軍籍を持つ職業盗賊。そして帝国の輝かしき英雄となった起のウェスカその人であった。

(あーーー!!あーー!あああーーーー!!)

ある時はエルフの隠れ里を襲った。美味しい仕事だった。10人も特上の奴隷を褒美に貰った上、その里はテロリストのアジトだったことにされて、勲章まで授与された。

またある時は村を焼いた。そこは公国との境界だったため、敵の前線基地だった事になり、また勲章を貰った。

または気紛れに商団を襲った。なんと敵国のスパイだったことにされた。ある貴族と仲が悪かったらしい。

奪えば、勲章が増えた。勲章が増えれば、さらに金も女も増えた。

暴力はまさに彼の天職だった。

村など、朝飯前に虐殺できる。街なら一日かかるだろうか。都なら一月はかかってしまうかもしれない。だが殺せる。全部壊せるし奪える。

英雄と呼ばれる某も殺した。強さ比べにはさして興味がないが、多分一番自分が強いのだろうと思って、いた。

だが彼が今、見上げているのは、頭部を失った自分の体であった。

(ああああっ!!あああーーー!!!)

彼の口からはいくら叫んでも声は出なかった。じきに、それをたっぷりと試す時間がある事に、疑問を懐き始めた。

「てか弱ぽよ?っぽいんだけど、ウザ。」

ガラの靴下に合わない革靴が男の目に入った。この女が。男は他人の名前など覚えないが、必死に思い出した。ヤギウ。ヤギウ・ミカと名乗っていた、女。

女は、まるで卵でも扱うかのように柔らかく持った、滑らかな細身の両手剣をくるりと肩に置いて、道端の石でも見るように興味なさげに男を見下した。

「ちょーつよいとか聞いてたんですけど?マ?レベル低くね?」

男は女の見下した発言に怒るよりも、その発言を今聞いていることが恐ろしくなった。自分は、あの女の剣で首を切断され、死んだはずだ。なのに自分の体はまるで、でくのぼうのように、ぼうっと突っ立っていて、自分は、その首は、その足元で喚こうと藻掻いている。

「あ、言ってなかったわ。あたし、ネオ柳生活在流、柳生ミカ。」

男がこれを聞くのは2度目だ。

「ってか、ヤバ?この切り方、ちゃんと後でくっつくやつだっけ?」

来のウェスカは恐怖した。

そして、無敵の自分が負けた事実よりも、生首の自分が生存しているという事実よりも、切断された首が繋がるという恐怖から、絶命した。






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