航空相撲2


十両力士の鰯雲は聞いたことのない初顔合わせの力士と立ち会い、違和感を覚えた。

違和感と言うよりも、その立ち会いは異様であった。

片方の力士が空高く舞い上がり、それをもう片方が中腰のまま見送ったのだ。

世は航空力士全盛の時代。空を飛び、上を取り、抑え込み、相手を地面に叩きつける。鰯雲はそう教わり稽古をしてきた。まして学生相撲でも空を飛ぶこの頃、ちびっこ相撲ぐらいでしか地上戦などありえないだろう。

だが鰯雲の眼下で対戦相手は微動だにせず中腰のまま仕切りの上に居座っていた。

(まさか飛べない訳があるまい)

鰯雲は相手の上空を探るように二度三度周回すると、グッと高度を下げた。

鰯雲は思い出していた。相撲学校で習うには、航空力士と通常の力士を分けたのは『距離』だと。

航空力士を立ち会いで捕まえるのは不可能。そして空へ逃げた航空力士は己の出力と空気抵抗が許すまで加速を続ける。

鰯雲も無論そうする。ぐんぐんと加速していき取組中に出したことがないほどの速度に到達した。それでも慢心せず相手の出方を探る。

(どう変化して飛んでも、組んで、落とせる。)

鰯雲は自分の実力を冷静に評価して、幕内が狙えると確信している。故に地上に張り付いて慣れない弾道(空中加速からのぶちかましのこと。特に対地のものを言う)のスキを狙う変則的な取り組みも研究済みであった。

鰯雲は勝ちを確信した瞬間、相手が右手を引くのを見た。

ぼぉ…ゔん…っっっ

異常な音がしたが、その音を『聞けた』者は1人たりとも居なかった。土俵の中心で何かが爆発したかのように観客は放射状に吹き飛ばされ、座布団は舞い散った、行事に至っては2階席で気を失っていたという。

それは『突っ張り』であった。

何を突っ張ったのか?鰯雲の弾道に合わせたのか?

彼は…捌捌は空気を突っ張ったのだ。彼の鍛え上げられた手は空気を捉え、それが壁になる瞬間、突っ張った。異様の音は人類が初めて聞く、人の手で起こされた指向性を持ったソニックブームの音であった。

鰯雲は勝利の直前、空中で捌捌の生み出した音の壁に激突し、堕ちた。

これが対空力士、捌捌(アハトアハト)の初取り組みだった。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?