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海外で人権を専攻した私が実家のジェンダーロールと向き合う


うちはどこにでもある家庭のひとつだろう。両親がそろっていて、子供が三人いる。田舎に一戸建ての家を持っている。独り身の祖母は同居していない。

母は父親の自営業を手伝っている。だから、家のことすべてに加えて、会社員としての側面もある。

留学から帰ってきて、家は制御不可能になっていると思った。母が狂ってしまったり、家事を放棄したりしたわけではない。そもそも無理なシステムだったんだ。


田舎の家なので、金持ちじゃなくてもそれなりに広い。
私の部屋、2人の兄の部屋、夫婦の寝室の部屋、フリースペースを略してフリスペと呼んでいるオープンスペース、そして廊下。角という角がすべて段ボールで埋められていると言っても過言ではない。これが二階。
居間のフローリングの真下に、居間と同じサイズだけの収納スペースがある。キッチンの下には地下がある。そして洗面所、お風呂、トイレが二つ。

母が片づけられないと非難しているのではない。

料理や洗濯、掃除といったメジャーな家事でさえ自分でしない男二人(父と兄)の世話をしながら、二階だけで5部屋、一階は洗面所・キッチン・ダイニング・居間・ピアノ室・居間下の収納スペース・キッチンの地下・その他という膨大な種類のスペースを一人で管理しないといけない
これも家のワンオペをいうのではないだろうか。



ヨーロッパから帰国して25歳を目前にしたとき、自然と自分の「女としての役割」を認識した。それはロックダウンしたリスボンで2か月間、付き合ったばかりの彼氏と同じ屋根の下で生活したからだと思う。年齢もあってか、今までの「大好きな彼氏と楽しい同棲」とは違い、責任を感じた。


この責任感はどこからくるのだろうか。その責任感から抜け出したかった。自分が「女だから」という理由で相手に何か奉仕しないといけないという自分が感じる必要のない責任感だった。
(ちなみに、彼氏とは食事内容も違い、洗濯や掃除は私が多めにしていたものの大きく不満に思うほどではなかった(不満なときは伝えて解決した)。)

実家に帰ってきて、キッチンのあらゆるものの場所を把握する母、冷蔵庫の備蓄を把握する母、タオルは、紙袋は、あのときにつかったあのあれ、が家じゅうのどこにあるのか把握する母。
主婦のマネジメント力はすごいと思ったと同時に、美談にするだけじゃいけないと思った。美談にしてしまえば、身を犠牲にして毎日1時間もゆっくり座っていられる時間もない、バケーションもない、週末もない主婦という仕事を、疑問も抱かずあるがままに受け入れてしまう。


私がもう少し幼いころ、母が家族に叫んだ「私は奴隷じゃない」が耳から消えない。あのときは、そんなこと言われたって何をしたらいいんだと思った。


バイトをしつつも全く家にお金をいれず、どころか家のお金で肉や酒を買い、バイト後には母に夜食を置いておいてもらう兄のようになりたくなかった。 

俗に言う定年を超えて働く父を尊敬し感謝しながらも、従来の「男らしさ」を体現したような態度は嫌悪感を覚えつつも距離をとって摩擦を避けた。


朝ご飯は自分で買って自分で用意し(私は一応学生という免除でお金の支援はしてもらっているため食費は出していない)、昼は母に用意してもらうか自分が家族の分も作った。自分が食べたものは自分で洗った(当たり前と思うかもしれないが、私は父親が皿を洗う姿を人生で一度も見たことがないし、わたしも大学生になるまで家で皿洗いをしたことは数えるほどだと思う)。洗濯も自分でするし部屋の大掃除も始めた。クローゼットには小学生のときからの服が所狭しと詰まっていた。


母の負担を減らしたいという建前で、母に用意してもらったすべてのものに乗っかるのが嫌だっただけだった。自分も、母を搾取する奴隷制度に加担していると思ったから。
かといって、私が率先して手伝うのもすごく嫌だった。母を手伝っている自分が、家族の中の「女性を搾取する奴隷制度」の搾取される側になったと感じるから。
母の負担は減っても、家族の中の「女」の負担は変わらない。そのことに嫌悪した。


実家に帰ってきて1か月半、けんかも小さな1度しかなく、とても穏やかに過ごせていると思った。
が、しかし、母にとってはそうでなかったよう。あることをきっかけに爆発した。

穏便に過ごせていると思っていたのは私だけだったのだ。奴隷制度に加担したくない気持ちだけでなく母の負担も多少なり減るだろうと思っていた自前の食事も、まったく裏目に出ていたらしい。
自分で皿を洗うことも、料理の間にやられるとあわただしくて好きじゃないらしいし、乾いた食器の上に濡れた食器を重ねられるのが我慢ならなくて(これは私も同意するから気を付けている)、何もしてくれないほうがいいらしい。


つまり、母には母のルールがあって、それは乱されたくないのだ。まったく当然の態度だと思う。家全体のことをワンオペしているんだから自分のルールができて当たり前だ。
たまにしかやらない他人のぶしつけな行動でさえも、手伝っているだけありがたく思えって思う人がいたら確実に無意識の奴隷制度を採用している人だろう。

でも、そしたら爆発する前にちょくちょく伝えてくれてもいいんじゃないかと思ったし、そう伝えた。だって、私はすべてうまくいっていると勘違いしていたから。


挙句の果てに「どうせシェアハウスがしたいんでしょう。実家ではシェアハウスはできない」とまで言われた。私はそんなに自分勝手に映っていたのかと、絶望した。
意識して好意から行動したことを母にうまく伝わっておらず裏目に出ることはこれが初めてではない。でも私はできるだけ母とハッピーに過ごそうと思ってやったことが、ここまで嫌味に取られると予想もしていなかった。




結局、自分も母と一緒に奴隷になる以外に母を楽にする方法はないのか、と思った。家族の中で自立した生活をすることが自分勝手と捉えられるなら、私は母を従来の方法でサポートするしかない。しかし、女が女を助けて家事をするという構図がどうしても嫌なのだ。兄は仕事がない時は日中だろうとずっと部屋にこもっていて何もしないのに。女は家事、男は外で仕事というジェンダーロールにべっとりと組み込まれたこの家でどう気持ちよく過ごせるというのか。


笑える話、私はこの家族から「人権」を学ぶように大学院に出されたのだけれど。


わがままだろうか。自分勝手な、海外にかぶれた小娘だと言われるだろうか。私が出せる唯一の解決策は、一刻も早く実家を出て目を瞑るということ。


それくらい、この奴隷制度は、角をつついたくらいじゃ変わらない大きな箱のようなシステムとして深く家族を支配している、と思う。


最後まで読んでくださる方がいれば、ありがとうございました。


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2020年大学院卒業、専攻はヒューマンライツ🌏 ジャーナリストになる。
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