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キューバサンドをめぐる冒険

映画『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』に登場するキューバサンド。この映画は家族と親子のハートフルストーリーであると同時に高級レストランの料理からB級グルメまで次々と登場するので、とてもお腹が空いてしまう映画でもある。

それは多くの人を胃袋を刺激した様で、キューバサンドで検索をかけると大勢の人がその人達なりに真似てみたホットサンドイッチを作って楽しんでいる様子がうかがえる。

キューバサンドには「クバーノ」、「メディアノーチェ」と呼ばれるものが存在するみたいだが、呼称が複数存在するというより両者は一応別々の存在のようだ。

『シェフ』でも値段こそ7$と同じだが別々のメニューとしてフードトラックの黒板に書いてある。

両者の違いはズバリ、パンの違いだ。

クバーノはキューバンブレッドという、パンの材料に牛乳とバターではなく水とラードを使用した素朴な感じのパンを使い、メディアノーチェはふわっとした卵パンのようなパンを使うそうだ。

ところで、キューバサンドの発祥はフロリダ州のキーウェストだが、大元を辿ればスペインからの独立戦争時に、戦火を逃れてフロリダに移民したキューバ人達が、故郷を懐かしんで作り始めたと言われており、キューバに地理的に近いことやハバナ産の葉巻たばこを作る工場があったことで移民や労働者の流入およびかつては行き来が盛んに行われ、とりわけ労働者の間でハムチーズサンドをキューバ式のモホと呼ばれるマリネ液に漬け込んでから焼くローストポークやピクルス等でアレンジしたサンドイッチが昼食等で好んで食べられていた様だ。これはそのうち「Mixto」と呼ばれるようになった。

その後、キーウェストのタバコ工場で大規模な火災が起きて、ハバナ産の葉巻工場は同じくフロリダ州のタンパに拠点を移すことになった。労働者の間では似たような環境の中でやはり「Mixto」が食べられていたが、イタリア系移民も多かった影響でサラミを加えた形態に変化し、同時期に地元のパン屋さんが作り出した「キューバンブレッド」と出会い、現在のキューバサンドが生まれた。現在ではマイアミ地域のキューバ系移民が専門店やカフェというカフェでキューバサンドを提供し、サラミを抜いてトマトやマヨネーズを加える店など少し自由な展開をしたからか、キューバサンドと言えばマイアミという様相を呈している。その他のメキシコ湾湾岸地域にも広がりを見せているが、ルイジアナ州のニューオリンズ等ではフランス系移民の影響でバゲットを使うものもある様だが、そんなのキューバサンドとは認めない!という人もいる。タンパではある種のブランド化まで行ったが、何が正統なキューバサンドであるのかの決着はまだ着いていないらしい。

一方で、メディアノーチェはスペイン語で真夜中を意味することから、当初は夜食や軽食の類であり、発展してナイトクラブの真夜中のスナックになり、そして、結局は通常のクバーノと並んで労働者向けにボリュームのあるランチになったのではないかと考えられている。尤も、あんまり食べ過ぎると今度は眠くなるので、メディアノーチェはほどほどのサイズに落ち着いたとも言われているが、映画では同じ値段設定だったのでやはり大きな違いは挟むパンの違いなのだろう。

メキシコ湾岸の地域ではラテンのノリで夜中まで踊りながら飲めるお店も多いので、そこで食べる軽食として広範囲に拡がりを見せているが、『シェフ』ではテキサス州オースティンに実在する全米No.1のバーベキューレストラン「フランクリン・バーベキュー」のビーフブリスケットを試食しながら、息子のパーシーが「スライダー(ハンバーガー)を作ろう。」と言い、マーティンが「メディアノーチェのポークの代わりに使っては?」と提案し、カールが「(名前は)オースティン・ミッドナイトだな。」と抜群にしびれるネーミングセンスと共に賛成するシーンがある。

そして、夜にバンドのライブ等が行われているイベント会場?で販売していた。これがメディアノーチェがどんなシーンで食べられてきたかという考察に説得力をもたらしているし、クバーノの具を何かに変えてみようという発想も無いことがわかる。クバーノはクバーノというこだわりだ。

こういったことを背景に話を戻すと、つまりキューバ系移民のソウルフードであり、夜食の定番であり、日本のラーメンを彷彿とさせる意識の共感がある。中太の高加水麺を使って博多・長浜ラーメンを作りましたとか言われると福岡の人がキレるか鼻で笑うのと同じで、タンパの人がこれが正式なキューバサンドだ!というブランド化をしたのもわかる。
食パンとかフランスパンとかハムの代わりにプロシュートを使う適当な紛い物のキューバサンドをドヤ顔でYouTubeにUPしている「プロの人」を見ると腹が立つし、リスペクトを感じない。世間様にお見せするならもっと本気でやれよと思ってしまう。

誤解しないでいただきたいのは素人のブロガーさんとかその他SNSで一般の人が自分なりに作ってみたものをUPしていることをとやかくは言わないし、美味しそうなものもたくさんあるし、プロの人が一般の家庭でも楽しめるようにレシピを公開してくれている物なんかはとてもありがたいことだ。そこはしっかり線を引きたいところである。

さて、ここまで言うからには自分はどうなのかというと、多分に漏れず『シェフ』にド嵌まりして他の素人の料理仲間と共に何とかクバーノを再現すべく奔走した。

幸いながらキューバサンドの世界大会のレギュレーションや、『シェフ』の料理担当顧問のレシピ、アメリカのレシピサイト等を調べることで伝統的なクバーノについては明確な定義があることと、外してはいけない原料がわかり、ローストポークを上手く焼ければそう難しくないと思えた。


塩、ブラックペッパー、クミン、オレガノ、ガーリックあたりが基本で、コリアンダー、オニオン、タイム、パプリカを加えるかどうかは人それぞれだが、ここまでを見ると、ケバブのレシピそのものである。そこにライム果汁とオレンジ果汁を加えたものが、キューバ式の漬け込み液「モホ」だ。これに豚肩ロースを漬け込み、ローストポークにする。

あとは普通のハム、きゅうりのピクルス、スイスチーズ、マスタード、バターがあればいい。

キューバンブレッドを作っているパン屋さんはまず無いので、とにかく代用になるパンを探しまくった。ヤマザキのパリジャンが良いとか、普通のコッペパンが良いとか、結局味ならライ麦パンの角食が良いとか、東名阪から新潟、長野、仙台などあらゆる地域の素人料理仲間が試作し、意見を出し合った。

具についてもモホのスパイスの分量やローストポークの焼き方、スイスチーズ(エメンタールチーズ)って何だか上品過ぎ?ピクルスとマスタードに全体の味が支配されがち?等と白熱の議論が展開されたが、とにかくパンやその他の材料が少し違っても料理としてのキューバ風サンドはどう作っても非常に美味しかったので、我々は美味しいのその先、ソウルやカルチャーまで見ようとしていたのかもしれない。

しかし、そこで一つの大問題が浮かび上がった。

誰も本物のキューバサンドを食べたことがない。

案ずるより生むが易しと言うが、遠い異国に思いを馳せるより行く方が簡単とは到底思えない。

そんな中で何と料理仲間つながりで仕事でマイアミに行くという勇士がいるとのことで、仲間がGoogle mapでマイアミのキューバサンドの名店をマッピングして託すと「全食キューバサンドでいきます!」と意気込んで出発して行ったそうだ。

その彼は実際に貴重なインプレッションを我々に届けてくれた。

全部は回れなかっただろうが、富士宮焼そばを食べ歩くかのごとく店によって微妙な違いがある感じがよく分かった。

日本でもちらほらキューバンブレッドを使っているお店があって、やはり料理仲間が食べに行って話を聞いたりといろいろと参考にさせていただいた。

そういったフィールドワークも経てわかったことは、伝統的なクバーノを作る限りにおいてキューバンブレッドはやはりキューバンブレッドであり、何かで代用はできないこと、スパイスやライムの香りが必ずしもインパクトになってはいないこと、チーズやピクルスも主張は強くなく、全体的なバランスやマッチングという何というかそれぞれがよくまとまって、素朴とも言えるような味だということだ。

情報は十分に整った。

調理編に続く。

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