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箱根駅伝とマラソン【後編】

初の前後編ということで今回は前回の続きになります!5年くらいあっためていた内容なのに全くもってうまくまとまらないのは、ある意味才能なのかもしれない…。ワタシハモシカシテテンサイ?(激ポジティブ)


世界で一番難しい競技

「勝負が始まる30km地点になったときに自分のピークを持っていくようなコンディショニングが必要」:千葉真子
2015.3.15/グラジオラスの轍より

この発言を聞いたときは、目から鱗。どんな競技でもスタート地点にピークを持ってくるのが正解だと思っていたので、驚きました。この番組内で千葉さんはスタート地点で少し重いくらいが良いとのこと。少し、重くするのって、めっちゃ難しくないか…?例え、それができても、30km地点でピークに持ってくるようなレース展開に持っていって、残りの12.195kmでスパートをかける。ふむふむ、って、とっても難しいやーーーーんっ!!
と、ここでようやく気がつきました。マラソンって世界で1番難しい競技ではないのかと。ただ42.195kmを走ればいいのではなく、42.195kmのなかで自分の力を出し切れるように走ることが大事だと思ったのです。それは、走力だけでなくレース展開、駆け引き、スタミナ、それらの要素全てを含めてということです。こんなに難しい競技と向き合うことは覚悟が必要だと感じたのです。


彼の覚悟を見た9.15

2019年9月15日。

私は神保町にいました。朝5時から張り切って場所取りを行い、一番前で観戦することができました。ちなみに神保町は3回観戦できるとのことでこの場所を選んだのですが、しばらくしたら、人が多く集まり、ぎゅうぎゅうに押し潰されそうになりながら、選手たちを見送りました。9月の半ばとは思えないほどの暑さにやられそうになりながら、小さなスマートフォンの画面に映る選手たちの様子を確認。すると、設楽悠太選手がいきなり飛び出す様子が映し出されていました。彼は逃げたのです。
この様子は世紀の逃走劇とまで言われましたが、私はこの走りに彼の覚悟を見ました。彼は世界で戦うためにレースしたのだと。勝つためにではなく戦うために。
猛暑の影響もあり、最終的には最後まで戦う気力は残っておらず、敗北しました。けれども、この走りが世間で注目を集め、マラソンというスポーツが活気付く出来事であったのは間違いないのです。彼の覚悟は、マラソンに向き合う覚悟だと感じました。

見えた先の未来

この文章をダラダラと書いていたら、この記事が出ました。

彼は。
箱根駅伝より、MGCより先の未来を見ていたのだと感じたのです。 

そしてこのツイート。
設楽選手も大迫選手も、オリンピック出場権を獲得した中村選手も服部選手も、マラソンに挑む選手たちは覚悟を持って走っているということを伝えたいのです。
特に日本記録を更新した2人は箱根駅伝を走った選手はマラソンで活躍できないという意見を払拭してくれました。
さて、問題です。
なぜ、十数年以上、動かなかった日本男子マラソン界が動いたのか。
答えは2つあります。
ひとつは1億円効果。
マラソンにおける日本記録の報償金です。トラック種目で日本記録を更新しても、この報償金は出ませんが、マラソンであれば貰える。設楽選手も大迫選手も仰っていますが、生活の為に走っていると仰っています。単純に大きな額が動くことによって、選手たちもマラソンというひとつの目標に絞ったといえます。
ふたつめは東京オリンピック。
いやいや、そりゃそうだろ!ってツッコミが飛んできそうですが。
実は設楽選手、大迫選手、中村選手、服部選手4人は東京オリンピック決定時の2013年9月時点で大学生だった選手たちなんです。大学生の選手たちはどうしても箱根駅伝が目標になり、その先が見えないところがあります。けれど、東京オリンピックという、はっきりとした未来が彼らに与えられました。
2013年に放送された箱根駅伝直前番組の絆の物語での大迫選手と駒沢大学OBである窪田忍選手のやりとりでこんな一幕がありました。

スタッフ「東京オリンピック時では何歳?」
大迫「29?」
窪田「ギリギリだな」
大迫「ギリギリじゃないよ、全盛期でしょ。日本人の捉え方はそうじゃん。そこで自分たちが頑張れば」
窪田「東京五輪は出たいね。絶対出たいね。」
大迫「メダル取って金メダルってなると、マラソンでしょ。」
窪田「マラソンは頑張りたいな」

この時点ではトラック種目メインの練習をしていた彼が、マラソンを語っているのって不思議な感じですよね。
"金メダル"
この言葉を発するのも覚悟がいると思います。
でも、彼は見ていた。
その先の未来を。

未来が見えた彼らは強かったんです。
今まで、箱根駅伝はマラソンの弊害とまで言われていましたが、それは違ったのです。
未来が、見えづらかっただけなのです。
中村選手が学生時代に大八木監督にマラソンで世界を目指そうと言われ、始まったことも。服部選手が家業を継ぐことをやめ、マラソンでオリンピックでメダルを獲ると学生時代に宣言したことも。全ては未来が見えたから。見えた先の未来にたどり着くために努力した彼らだから。
そして、"いま"。
彼らが変えた未来をいま見ているのだと東京五輪半年前という区切りになって感じます。
5年前、私が生きている間に男子マラソンの日本記録が更新されることはないだろうと思っていました。
けれど、その未来は変わりました。
彼らが変えたいまを、新たな未来で何が待っているのか。
それを楽しみに待ちたいと思います。



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駅伝、ロード好き。
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