下道さんの壮行会

先日gallery Nさんで展示を見ていたらちょうど下道さんがいらっしゃいました。下道さんはいろんな場所で飛び回っているので、たまにお会いすると「男はつらいよ」でふらりと戻ってきた寅さんに対する妹のさくらのような気持ちになります。まともに寅さん見たことないけど。
そんな久しぶりにお会いした下道さんから、4月から拠点を移すことが告げられました。愛知からまた別の場所へ。驚きはしたけれど、下道さんらしくも感じました。

下道基行さんの作品をはじめて見たのは、2012年の東京都現代美術館での「MOTアニュアル2012:風が吹けば桶屋が儲かる」だったと思います。当時は予備知識がなくて展覧会もピンと来なかったんですが、今考えたら錚々たる面々が参加していたんですねえ。
2013年には「あいちトリエンナーレ」にも参加されたほか、nap galleryでの「Dusk/Dawn」も見ました。熊本の津奈木とシカゴの夕暮れと夜明け。どちらかで日が沈むときどちらかで日が昇る。刻一刻と変化していく互いの空の写真がスライドで映し出されて、それは不思議と飽きることなくずっと見ていられるものでした。

名古屋では2015年にgallery Nでの「海を眺める方法」がありました。通りに面して大きなガラス戸があるギャラリーの特性を生かしてアクリルの大きな板を吊って外に向かって映像を投影していたのが印象に残っています(会期前に外からどう見えるかのテストの場に居合わせてお手伝いさせてもらったのもいい思い出)。
この「海を眺める方法」はRe-Fort Projectという当時下道さんが進めていたプロジェクトのひとつから生まれたもの。下関で花火を上げたり、千鳥ヶ淵でフォークジャンボリーをしたり、戦争の遺構を皆で占拠して何かイベントを行うという賑やかな内容が多いなかで、こちらは三浦半島に残る砲台の跡地でペインターさんにそこから見える風景を描いてもらうという、穏やかさや静けさが際立った映像作品でした。Re-Fort Projectに関するドローイングも珍しく展示されていて、宗田理の小説を読んで育った世代には「大人のSEVEN DAYS WAR」に胸が熱くなりました。笑

「海を眺める方法」は2015年に岡山県奈義町現代美術館ギャラリーでも展示されたほか、同時期に岡山県美術館で行われた「I氏賞受賞記念展」にも参加されて、私は強行軍でそのふたつをハシゴしました。後者ではmichi laboratory名義のレーベルで出版した本が展示されていて、こだわりの強い造本の格好良さを堪能しました。

豊田市美術館の図書室で行われた「ははのふた」は2016年。日常で見かける何気ない場面に注目して作られたシリーズは、ユーモアに溢れていてとても微笑ましかった。作品にされた方はご立腹だったそうですが。
「ははのふた」は大阪・北加賀屋の千鳥文化でも2017年に展示されました。

2016年は黒部市美術館での個展もありました。「風景に耳を澄ますこと」。海辺で暮らす人たちが浜辺で拾った石を日常の様々な場面で活用しているところから着想を得た展示もさることながら、ユニークなのは図録に石がついていること。

石の大きさは「大」「中」「小」から選べて、もちろん「石なし」も選べるのですが、私は何を血迷ったのか石つきの図録を2冊も買ってしまいました。観賞用と保存用のつもりだったから片方は石なしでよかったのに何を考えていたのか、、、笑

2018年は高松市美術館での「高松コンテンポラリーアート・アニュアル」があったし、2019年には大原美術館の有隣荘(秋の特別公開)で「漂泊之碑」もありました。沖縄の浜辺にたどり着いたガラス瓶を溶かして作った再生ガラスの瓶や倉敷芸術科学大学の協力のもと作られた板ガラスが展示されていました。
そして2019年には、私はもちろん行けませんでしたが、ヴェネチア・ビエンナーレの日本館でのグループ展に参加されていました。すごいですねえ。

また「途中でやめる」の山下陽光さんたちと活動している「新しい骨董」もラディカルで面白い試み。拾ってきたもの、ゴミ同然のものに価格をつけて売っています。
私が知ったのは、2015年のgallery Nさんの忘年会で下道さんと一緒になったときにご本人から説明を受けて、面白いと思ったのでその場で一点購入したらビックリされました。

その後も納豆の空きパックとか焼き過ぎた食パンとかが並んでかなりユニークなものが並んでいたのですが、村上隆さんが面白いと言ったことで一気に人気が上がってネットにアップされるなり完売という状態が続いています。

2017年千鳥文化がオープンしたときは直売ショップが期間限定でオープンしていました。テーブルに並べられた「商品」は踏まれてぺちゃんこになったチューハイの缶。それに100円という値段がついて、果たしてそれは安いのか高いのか。「新しい骨董」に触れてすっかり価値観が狂ってしまった私はすかさず購入を決めてしまいました。

2018年には広島市現代美術館で個展がありました。缶ジュースのプルトップが落ちていないか今の時代に探してみたり、お札を金継ぎしてみたり、ブログの文章を手拭いにしてみたり。凡人では思いつかないような発想を楽しみながら形に落とし込んでいるところはすごいなあと感心するばかりでした。そしてミュージアムショップでも「新しい骨董」が販売されていたのでついいくつか、、、狂った価値観は元には戻らないようです。

さて。前置きが長くなってしまいました。何というか、下道さんの追っかけですって告白しているような文章になってしまったんですけど、半分事実なのでしょうがない。しかしいろんな場所へよく見に行ってるなあ。
この日の壮行会はNさんの呼びかけで実現したのですが、遅れて私が合流したころにはNの常連さんがもうすっかり出来上がっている状態で盛り上がっていました。
参加するなり下道さんからスマホでちょっとしたプレゼンがありました。先般のヴェネチアに関するものだったんですが、とても魅惑的なものでコレクター心がうずくといいますか。しばらく検討してみたいと思います。
下道さんのスマホは電池の残量がなくて、私が充電器をお貸しして充電しながらのプレゼンだったのですが、その後しばらく連絡を取っていなかった友達から着信があってお話されていました。充電していなかったら着信にも気づいていなかったと思うので、ナイスアシストができて光栄です。

ご本人が「新しい骨董」のラジオ(これについては次に書きます)でも明言していたので言っても大丈夫だと思いますが、下道さんは瀬戸内の直島に拠点を移されます。
下道さんと直島と言えば、昨年の瀬戸内国際芸術祭の秋会期ではギャラリー六区で「瀬戸内「 」資料館」という展示をされていました(私は見られませんでした)。ギャラリー六区は元はパチンコ屋だった建物を建築家の西沢平良さんがリノベーションしているもの。とても面白い空間ですが、作家としては使いづらい部分も多くそれをどうアレンジしていくか苦心した部分もあるそう。そんな話を聞くとまた空間をじっくり見てみたくなります。
直島はベネッセのアート関連施設の多いところですが、住民にアート関係者が多いかと言えばそうではなく、漁業だったりあとは三菱マテリアルの直島製錬所の従業員だったりとアートに興味のない人たちも多いので、そのなかに作家である下道さんが直島に飛び込むことでどうかき混ぜられてどんな化学反応が起きるのか、今から楽しみでなりません。

島に移住したあとも展示やプロジェクトで各地を飛び回るのは変わらないみたいで、次はどこで下道さんの作品が見られるだろう?と今から楽しみにしています(この記事のために振り返ってみて、改めていろんな場所に行ってきたんだという実感を持ったからこそ余計にそう思います)。
自分が把握している範囲内では、まずは東京のアーティゾン美術館。4月18日(土)〜6月21日(日)の予定で、ヴェネチアビエンナーレの帰国展「Cosmo-Eggs 宇宙の卵」が開催予定となっています。現地に行けなかったぶんこれは確実に行きたいと思っています。
今年の夏には直島のギャラリー六区で「瀬戸内「旅の本」資料館」が開催される予定です。こちらは昨年の瀬戸内国際芸術祭の秋会期でスタートした「瀬戸内「 」資料館」の第2弾という形。瀬戸内国際芸術祭の会期以外で行くことがないし、そもそも直島にはしばらく行っていないのでこの機会に行けないか、今から画策しています。

最後に。下道さんからNさんに一冊の本が託されました。

いろんな場所でワークショップ形式で行っていて日本では2013年の「あいちトリエンナーレ」で発表された「14歳と世界と境」をまとめたもの。自分が感じた境界線ついての話を中学生が率直な文章で綴っています。
この本は香港で300部製作されたのですが、書店やネットで販売されているわけではありません。読んだ人が次の人に本を手渡すのがルール。超アナログなやり方で読者を増やしていく試みで表紙裏には名前を書く欄もあります。面白いこと考えるなあ。
いつか長い年月が経てこの本の存在をすっかり忘れたころに思いがけず誰かから手渡されたらどんな気持ちを抱くだろう。ついそんな想像をしてしまいます。

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