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行動経済と公共政策② ~公共政策における具体例~

行動経済が公共政策において大きな影響を持つことを示す例をとりあえず2つ紹介します。

・例1  ニューヨーク大学の金銭援助実験(Loss Aversion)

ニューヨーク大学におけるFinancial Aid(金銭援助) 実験においては、以下の2種類の金銭援助プログラムが、ロースクールの学生にランダムに振り分けられました。

①プログラム1:Loan Repayment Program(ローン返済プログラム)
学生は授業料を払うためにローンを組まなくてはなりませんが、卒業後に公的な仕事に就いた場合にはローンの返済が免除されます。
②プログラム2:”Reverse” Plan(「反転」プラン)
学生は奨学金を受け授業料支払いをまずは免除されますが、卒業後に公的な仕事につかなかった場合には奨学金分をローンとして支払わなくてはなりません。

2つのプログラムはどちらも公的な仕事につけば授業料免除、そうでなければ免除なしというもので違いはありません。違いは仕事を決める際の金銭援助の形態(借金として負っているどうか)です。

卒業から2年後の状況を調べた結果、プログラム2の方が、公的な仕事についた卒業生の割合が高くなりました。

これは、Loss Aversionにより、卒業時点で「借金を負った状態になること」の方が、「借金を負った状態であり続けること」よりも、意思決定に大きな影響を与えたことを示唆しています。

つまり、奨学金とLoss Aversionを上手く利用すれば、奨学金を受けた生徒のうち公的な仕事に就く者の数を増やせるということです。

・例2 豆の配布と予防接種率に関する実験(Present Bias)

インドのとある村において、月一の予防接種キャンプ開催に加えて
・予防接種に行く毎にレンティル(豆の一種)の袋(価値$1)
・予防接種を完了した場合(5回予防接種に行く必要)のブリキの皿(価値$1.5)
を予防接種に行った報酬として無料で与える実験が行われました。(かなり小さい報酬であることに着目!)
*予防接種キャンプは供給サイドの問題を解決するためのアプローチで、報酬付与は需要サイドの問題解決するためのアプローチです。

その結果、キャンプ開催に加えてこれらの報酬配布を行った場合は、1~3歳における予防接種の完了割合が39%となりました。
何もしなかった場合は6%、キャンプ開催のみ行った場合は18%ですので大幅な改善です。またその効果は、予防接種の回数が増えるにつれ大きくなっていきました(何もしなかった場合との差は予防接種1回目のときより予防接種5回目の時の方が大きい)。

この結果について、実験者は、
親たちは予防接種に行く際の小さなコストを払うのを避けて予防接種に行っていなかったこと(予防接種は無料だが、実施場所にいくだけでもそれなりの時間と労力がかかる)
報酬付与は「予防接種にいくこと」を「小さなマイナス」から「小さなプラス」に変え、予防接種率をあげたこと
などを指摘しています。

この背後にあるのが「現在バイアス(Present Bias)」です。

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現在バイアスとは、人は将来の物事よりも今目の前にあることにより大きな影響を受けるというものです。

親が合理的意思決定者であれば、「予防接種に連れて行くために半日時間が奪われること」というコストよりも「子供が将来非常に重大な病気にかかる」というコストを重視し、予防接種を受けさせるはずです。

しかし、実際には現在バイアスが働き、親は将来の子どもの健康よりも今目の前にある事柄を重視します。
結果、親は「今日やりたい他のことが出来ないこと」というコストよりも「今日予防接種に連れて行く労力」というコストに重きを置き、予防接種を受けさせていなかったと考えられます。

豆の袋やブリキの皿は、予防接種に連れて行くという行為に対する親の認識を、「(将来のことは置いといて)即時的に費用がかかるもの」から「即時的に得をするもの」に変えることで親の行動を変えました。

現在バイアスが問題になっている場合には、それを上手く把握して政策を打てばほんの少しのインセンティブで大きな政策効果を生み出し得ることを示しています。

参考文献リンク:Banerjee, A., Duflo, E., Glennerster, R., Kothari, D. (2010). ”Improving immunisation coverage in rural India: clustered randomised controlled evaluation of immunisation campaigns with and without incentives”

この豆の配布と予防接種の実験の要点については「貧乏人の経済学」で日本語で読めます。

この実験に限らず、途上国における行動経済の社会政策への応用に関する実験が色々掲載されており、とても面白いです。日本語も平易で読みやすいですし公共政策に興味ある人には是非読んでみてほしい一冊です!
(余談ですが、実験者・著者のバナジー教授、デュフロ教授は世界の貧困を改善するための実験的アプローチに関する功績が評価され2019年にノーベル経済学賞を受賞しました。)



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