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コージ君、連絡下さい。2

寝巻きにダウンジャケットを羽織り、外へ出る。陰気な路地を抜けダイエーで菊正宗パックを二つ買い、公園へと向かう。どこの土地に居ようとも俺は平日、昼間の公園で酒を飲むのが趣味なのだ。無邪気なお子らを眺め、酒を舐めていると生真面目に生きる生業の日々を、所属する企業を、社会を、国家を後ろから犯しているような気分になり愉快になるのだ。サービス業、平日休みの特権である。言っておくがペドロな性癖は皆無伝(カムイ伝)。駄菓子のヨーグルみたいな椅子に腰を下ろしショートホープに火を着ける。酒を吸う。

コージ君を思い出す。

彼とは中学で出逢った。
華奢でコーネリアスに似ていた。アトピーが痒そうだった。エレファントカシマシが好きで、帰路で「奴隷天国」を躍りながら歌ってくれた。柔道部の個人経営の回転寿司屋の息子に殴られ睨み返した眼が忘れられない。俺が殴り返し怪我をさせてしまい、親と回転寿司屋まで菓子折りを持って謝りに行かされた記憶がある。後に回転寿司屋は潰れ「ざまあみやがれだぜ。」と一緒に笑った。修学旅行では二人で行動した。彼は剣道部であったが千葉ロッテマリーンズの熱狂的なファンでありパリーグの話題で良く盛り上がった。神保町のスポーツカード専門店でベースボールマガジン社のプロ野球カードを箱買いし小遣いを全て使い果たしていた。頭が良く、県内一の進学校に入り卒業後は早稲田大学に現役で合格した。新聞社のスポーツ番になりたいと言っていた。「コージ君なら絶対になれるよ。」と俺は言ったし、本当に思った。東京の大学生となった彼とのやり取りはメールとなった。ある時期、中村一義の100sに対する壮大なレビューが送られて来たのだが一人称が「ボキ」となり終止が「でふ。」となっていた。対岸に行っちゃったと感じてしまった。こちらも仙台のCD屋で働いていた手前、なまじ被れていたものだから音楽の趣味もズレてしまい段々と疎遠になってしまった。

酔いながら昔話を反芻していると、下品な香水が鼻を刺した。振り向くと隣に90cmくらいの小さな女が座っていた。
嗚呼、此れが俗に言うアルコール中毒の幻覚かと感じたが、冷静に考えて俺はまだそこまでは達していないので霊的な現象と捉えた。
よく見るとスウェットに「MILKFED.」と描いてあり唇が大きく、かつての坂口良子にほんのり似ていた。
「あんた誰?いい事教えてあげるから、2千円頂戴。」
少し哀れにも思い、大いに暇であったし、給料日直後でまま余裕もあったので「ほれ。」と2千円を渡した。
「ありが殿馬。ケロッグの蕪漬けは美味しい。」
そう言い残し幽幻な彼女は去っていった。
意味が不明であり、損しただけであった。
菊正宗が二つ空になった。Twitterで多部未華子が結婚した事を知る。大ファンであった為、悔しくなり、あと二つ飲もうと決意した。ダイエーにケロッグの蕪漬けは売っていなかった。

しばらく経ち、M1グランプリ2019でミルクボーイが優勝した。コーンフレークのネタを演っていた。文句なしだと思った。

翌日、ケロッグの株が少しだけ上がっていた。

コージ君とは会っても、最早喋る事が無いよなと思った。中学生だった俺たちも、もう立派な中年だ。「中学生はチューが臭ぇ。」という安達祐実の初キスシーン報道の新聞見出しが頭を過った。大人はいつの時代も馬鹿ばっかりだ。
コージ君が楽しく生きていてくれれば、それで充分だ。

有楽町で糞をした。
タバコを吸った。アセロラドリンクを飲んだ。

早く死んでお父さんと釣りに行きたい。
お父さんと1984年の塩釜に行きたい。
そこから何処にも行きたくない。

(完)

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