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生まれた意味 // 連載小説コネクト #3


東京

 中央線の帰宅ラッシュは最悪だ。空気が薄く息苦しい上に、満員の車両に押し込まれている人々が発する体臭、香水に汗やタバコ…酒の匂いなんかが入り混り、余計に息が詰まる。

 ヒカリは自分と変わらない位大きいギターケースを両腕で抱えながら目を瞑り、ただ時間が早く過ぎるのを待っていた。

 一緒にいるバンドメンバーのジョーに目をやると、彼はベースを入れたケースの上に自分の両腕を置き、文庫本を読んでいた。

 こんな満員電車の中で彼は器用なものだ。ヒカリは彼を羨ましく思った。ジョーは自分の世界を作るのが上手だ。

 バンドの練習場所である吉祥寺から下り青梅方面に二五分、中神駅に着いた。駅から外に出るとさっきまで降っていなかった小雨が降っている。

 やっとまともに呼吸が出来る、ヒカリは深く空気を吸って吐いた。突然の雨も今のヒカリにとっては涼しく心地が良い恵の雨だ。ヒカリはタバコに火をつけた。傘を差すのは面倒くさい。

 二人はヒカリの家まで歩き出した。ジョーが空を見上げ、何の気なしに呟いた。


「月が綺麗だな」

「どこが?」

 ヒカリは道を眺めながら答えた。月は当分見ていない。

「お前って、本当にひねくれてるな……」

 ジョーが呆れたような、心配のような声で言った。

「そうかもね」

 普通のカップルだったらもう少し、ロマンチックな会話になっているはずだったが、ヒカリが相手ではそうはいかなかった。

 ヒカリは空を見上げてみた。目が悪いから、月が何重にも重なり、ぼやけて見える。そのうち月は、雨雲に隠れてしまった。

 ヒカリは夜空を見上げるといつも、なぜだか切なくなる。理由なんかない。ただなんとなく、そうなるんだ。

 多くの少年少女が思春期に感じる、行く当てのない怒りや虚無感の様に見える感情のようだったが、それはヒカリにとって、似て非なるものだった。

「ねえジョー」

 ヒカリは焦点が合わない目で、ただ暗い道を眺めながら言った。

「んー?」

「私の居場所はここじゃないってたまに思うんだけど、ジョーは、そんな風に思った事ある?」ヒカリはセブンスターに火を付けた。

「おまえ、急にどうした? 分からなくもないけどさ」

「私は、子供の頃から、そんな事ばっかり考えてるんだよね……」

「お前って本当に、変なやつだよ。もしかして、宇宙人なんじゃない?」

「そうかもね」

 ヒカリは抑揚のない声で答えた。背丈の小さい彼女にとっては重いグレコのレスポールが入ったギターケースを、肩を丸めて背負っていた。セブンスターの煙は、ヒカリの肺を満たしては空に消えていった。

 ヒカリはガニ股のうえ、かかとを引きずってペンギンの様に歩く癖のせいで、ジョージコックスのショートエンジニアブーツは、靴底の外側ばかり磨り減っている。

 いつの間にかに雨は止み、空は晴れていた。ヒカリはもう一度、空を見上げてみた。ハッキリとは見えないが、月は嫌味なほど、うやうやしく輝いている。

 「この漠然とした悩みは、いつか解決するのだろうか」

 大抵の悩みは酒を飲み、ロックを聴き、セックスをすれば忘れられる。ヒカリは単純な女だ。

 しかし、ヒカリは知りたかった。何のために私は生まれ、何をしにこの地球にやってきたのだろうか……。



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’88生まれ。2013年よりQHHT催眠誘導士へ。あちこちで色々しているが、歌や文章、話すことで表現するのが生きがい。noteでは自身の経験や不思議な体験を元に小説やエッセイを書いています。地球フェチ。https://www.yukosaitoqhht.com/

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