月 #シンカの学校 ラジオ投稿ネタ
「むかしむかし、あるところに、『竹取の翁』という、おじいさんが住んでいました」
リビングから突如聞こえてきた、娘の声。
私は夕食の準備の手を止め、リビングに目を向ける。
そこには、さっきまで静かにスマホとにらめっこしていた娘の『ゆず』が絵本を広げて座っていた。
「ある日、おじいさんは山の中で光る竹を見つけました」
毎晩、せがまれて仕方なく読み聞かせを行ってきた成果なのかもしれない。
最近は、一人で絵本を読めるようになってきた。
今日は『かぐや姫』を読んでいるようだ。
「光る竹を見つけたおじいさんは、すぐにスマホでおばあさんに電話をしました」
…どうやら、『読める』ようになったワケではないらしい。
そう思いながら、私はゆずの読み聞かせをBGMに夕食の準備を再開した。
「おじいさんは、光る竹を切ってみることにしました」
そういえば、『かぐや姫』ってどんなお話だったっけ…?
たしか、光る竹から女の子が出てきて…。
そんなことを考えながら、私はゆずの声に耳を傾けつつハンバーグのタネをこね続けた。
「愛情をたっぷりと受けて育ったかぐや姫は、みるみるうちに、誰もが好きになっちゃうような、美しい女性になりました」
あ!そうそう!
このあと、5人の帝から求婚されるんだよね。
ふと、窓の外に目を向けると、オレンジ一色の空が広がっていた。
時計をみると19時ちょっと前。
日が沈むのも早くなってきたなぁ。
そう思った私はなんとなく、コネを終えたタネを一口サイズの団子状に丸め始めた。
「5人のイケメンから告白されたかぐや姫は、5人それぞれに、あるお願い事をしました」
…ゆずの中では、このシーンってそう解釈されているのか…。
私は、温めたフライパンに薄く油を敷き、一口サイズに丸め終えたハンバーグを、一つづつ並べ始めた。
…たしか、5人への『お願い事』って、全部、無理難題でさ。
結局、嘘がバレたり、冒険に出て怪我したりして、5人全員フラレるんだったよね。
「それからかぐや姫は、満月の夜になると、月を見て泣くようになりました」
…そろそろ、クライマックスじゃん。
私は、焼け具合を確認しつつ、弱火にして、フライパンに蓋をした。
「『私には、月で待っている人がいるんです』」
生意気にも、芝居がかったセリフ回し。
…私、こんな読み方してたかな…?
そう思いながら、私は肉に火が通るまでの待ち時間、娘の熱演に耳を傾けることにした。
「『次の満月の夜。私は月に帰らなければなりません。とーちゃん、かーちゃん。今まで育ててくれてありがとう』」
ふと、視線を落とすと、フライパンの蓋に少しずつ雫が付き始めていた。
「『とーちゃん。いつも、可愛いね、大好きだよって言ってくれてありがとう。すぐにぎゅーってして、おヒゲをジョリジョリしてくるのは嫌だけど…。そのあとのニコニコのとーちゃんの顔が大好き』」
フライパンから『シュー』っと音が鳴る。
「『かーちゃん。美味しいごはんをいつもありがとう。怒るかーちゃんは怖いけど、でも、そのあと、いつもぎゅーってしてくれるかーちゃんが大好き』」
また、フライパンから『シュー』っと音が鳴る。
そろそろ頃合いかもしれない。
私は、冷蔵庫からオイスターソースとケチャップを取り出した。
「『とーちゃん、かーちゃん。いつまでも元気でね。そして、最後まで二人ともラブラブでいてね』」
まずは、フライパンにオイスターソースを流し込み、続いてケチャップを流し込む。
そのあと、ソースを全体に絡めるように軽くかき混ぜる。
ほどなくして、フライパンからは『プツプツ』と音がしてきた。
少しだけソースをすくって味見をしてみる。
ちょっと入れすぎたかな…?
まぁ、いいか。
私は、出来上がったものを皿に盛り付け始めた。
「こうして、かぐや姫は月に帰っていきましたとさ。めでたしめでたし」
ーガチャリー
玄関から音がした。
「ただいま」
夫が帰ってきたようだ。
「お!今日はハンバーグ…って、どうしたのゆみこ!?」
「おかえりなさい、ゆきおさん。今日は十五夜だもん。いいでしょ?たまには?」
そう言いつつ、私は出来上がったミートボールを食卓に運んだ。
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