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Fairy tale from my soldier

玉造由希香

Day 1, to the different dimension

マスクをしてるとスマホが顔認証してくれないから、ロックを外すのがちょっと面倒だ。おうち在庫が切れてしまった豆乳4本と、お惣菜のコロッケ、お茶のペットボトル入りのカゴは、微妙にバランスが悪くて重い。お昼前だからか店内は混雑していて、私はソーシャルディスタンス用足型に合わせてやや長めの列に並び、レジを待ちながらスマホの画面を開けようとしていた。

「買い物〜?」と、男性の声がして振り返ると近所のおじさんで、いつの間にか私を見つけたようだ。マスクをしてるのに意外とわかるものなんだと思ったり、この状態は買い物だし。って思ったりしながら、「うん、今日は晴れたねぇ。」と、店内へ歩き始めたおじさんの方を向いて答えたけど、特に返答はなく、列は間が空いていただけで、思いの外すぐ順番がきたので、私は精算を終えて店外へ出た。

空は青くて澄み渡り、芝桜がお店の花壇を濃いピンク色で縁取っている。いつもほぼ満車の駐車場なのに、白線が並んだ枠の中に、茶色い猫がちょこんと座っているだけだ。今、未知のウイルスが猛威をふるっていて、世界中が脅威に晒されているなんてまるでウソみたいな静けさだ。軽くて暖かい春の風を感じながら、私は人と車の往来がほぼ皆無になった道を家へと歩いていた。

自宅の近くには古いお地蔵様の祠があり、その横にくちなしの花が並んで植っている。白い花を咲かせてくれる初夏が楽しみだ。と思っていると、ようやく久しぶりに車が一台通り過ぎていった。

しかし私はその手前でいつもの景色では無い違和感に、立ち止まった。くちなしにしがみ付いている深緑色っぽい服を着た男性を発見したのだ。しかし、次に男性はくちなしから手を離してヨタヨタと祠の前で座り込んだので、これは大変な事態だと思って走って行った。

とは言え、緊急事態宣言も発令されている昨今、むやみに近づくのはお互いのためにならないという思いと、声をかけてあげてなんとかしてあげなきゃという思いが交錯してしまいながら近くに寄ろうとしたら、男性はそのまま横向けに倒れ、苦しそうな表情で、水を…水を…と言って震えた。

私は急いでさっき買ったペットボトルの蓋を開けて、「これとりあえず飲んでおいてください!」と手渡した。『あ…あり…がとう』消え入りそうな声で彼は血がにじんだ手でペットボトルを受け取り、口をつけた。私は救急車を呼ぼうとスマホを取り出したけど、マスクの件もだし、それよりも慌て過ぎて操作ができない。家まで50メートルくらいの距離なので、「ちょっと待っててください!」と言い、家まで猛ダッシュで走って駆け込み、なぜか鍵が開いていたのだが、取り急ぎ固定電話で電話するも、なぜか繋がらない。こんなことってあるの?と思ったが、一刻を要する事態に受話器を置いて、スマホを持って再びさっきの場所に走って行った。

走って行った。そこまで。あの男性にペットボトルを渡してから、時間にして3分くらいだ。距離にして往復100メートルくらい。

でも、男性は、その場所にいなかった。蓋の開いたペットボトルが倒れてお茶が流れていた。歩いてどこか行った?私は辺りを見回した。直線道路で、先の方まで見渡せる。でも、男性の姿はどこにも見当たらない。

あの状態で急に立ち上がってスタスタ歩いて行ったのだろうか??元気になったならそれで良かったよね??状況が飲み込めなかったけど、私はペットボトルを拾い上げ、そのまま家までの短い距離をぼう然と歩き出した。

男性の容姿の記憶を辿ってみた。すごく苦しそうだったけど意外と若く思えた。服は…上下深緑色で土がついて所々破れて汚れていた。服と同じ色の帽子を手に持っていた。革靴ぽい感じだったがボロボロになっていた。

「でもどこかで見たことある雰囲気の顔だったなぁ。」そう思って玄関のドアに手を触れた瞬間、神経シナプスに100万ボルト電流が走ったかの様な衝撃を受けた。

「…まさか。まさか…そんなわけ…。」

絶対そうである事実を認めたくない心理は、それを肯定する勇気がないからなのかもしれない。私は自分の頭の中でどんどん明らかに映し出されてくる映像を却下しようとしていた。

心なしか足元がふらついていたけど、ドアを開けて靴を脱ごうとしたら、「おかえりぃ。お昼にしようか。」と母の声が台所から聞こえた。なんだか声がとても若い。

これも、ずいぶんおかしいことだ。今、声がした母だが、一昨年三回忌を終えている。そもそもこの玄関は、いや、この家は、私が小学校の時に住んでいた家ではないか?私は再度ドアを開けて外を見てみた。やっぱりいつもの見慣れた風景。野良猫のヤマトくんも見えた。でも中に入るとやっぱり昔の家だ。「疲れているな。疲れ過ぎている私は。」自分に言い聞かせて目を閉じて頭を振ったり、ドアを何度も開け閉めしていると

「ちょっと〜?おばあちゃんも待ってはるのに、早く手を洗って入って来なさい!」と言いながら、母が出てきそうになった。私は慌てふためいた。状況が状況だし、台所から母が出てくる展開なんて受け入れられるはずがない。

「わかった!わかったからこっちこなくていい!」と言いながら、靴を脱いで素早く洗面所に行ってドアを閉めた。

洗面所は覚えていた場所にあった。やっぱりあの家だ。洗面所があって廊下があって、台所と茶の間がその向こうにある。過去ここにいた時の匂いも感じる。しかしいったい何がどうなってるの?寝ぼけているとか夢ではない自信があった。そしたら白昼夢とか、よく聞くタイムワープとか?

洗面所の鏡を恐る恐る覗く。普段の私の顔が写る。半世紀超えた歳の自分自身に間違いない。しかしながら、このシチュエーションからいくと、私は小学生高学年でなければならない。そして母は30代後半なはずだ。そんなところへ53歳の私が顔を出せば、場が凍りつくか、あの母なら「誰やあんたは!!」と、鬼の形相で追いかけてくるに違いない。

「ほんまにあんたは、今日は特にマイペースでゆっくりしてるわ!」

遂に、母が文句を言いながら廊下まで来た。そして「コロッケ早くちょうだい。」と、洗面所のドアの横に置いていた私のエコバッグをゴソゴソしている音がした。ドア一枚隔てた向こうにあの母がいる…。今すぐ出て行きたい衝動に駆られながら、なぜコロッケがあることを知っているのか?いや、なぜエコバッグをおかしいと思わないのか、など、この期に及んでディテールを気にする自分もどうかと思っていたら、

「おばあちゃんが明日お墓参り行きたいって。おじいちゃんの。お父ちゃん(私の父。もうそろそろ13回忌)今ガソリン入れに行ったわ。あんたすれ違わへんかった?」と言いながら、ドアから離れたように思えた。

確かにすれ違った車は一台あった。よく思い返してみると、昔父が乗り回していたお気に入りの車と似ていた。通り過ぎる時に、古い型で珍しいなと思っていたけど..。

そう、覚えている。この翌日、長崎から来ていた父方の祖母を連れて、福井県までお墓参りに行くのだが、帰り道を父が間違ってしまい、山の中に入り込み、燃料切れ寸前で奇跡的にガソリンスタンドに到着し、ホッとしたのか怒り出して止まらない母と、見知らぬ山中を駆け巡り疲れた父は、その場で大げんかするのだ。私とおばあちゃんは後部座席でうつむいてじっとするしかなかった。

私はドアを少し開けて、コロッケの袋を持った母の後ろ姿に思わず「お母ちゃん!」と大きな声で叫んでしまい、すぐドアに隠れた。

「なに?大きい声で!」怒り気味の母が振り向こうとした時、廊下に置いてあったチェストに母の肘がぶつかり、置いてある写真立てがバタンと倒れた。

写真。それは、第二次世界大戦で戦死した長崎のおじいちゃんの白黒写真だった。多分35、6歳くらいに見える。にこりとも笑っていない顔だ。でも日本兵の凛としたオーラ、涼しげな目元がかっこよくて、もっと他にお写真ないの??と私は祖母によく聞いていた。

”満洲に行く前に撮ったのよ。この軍服の写真一枚だけしかないわ。帰ってきたら家族で写真館に行こうって約束してたのにね。戦争が終わってしばらくしたら、小指の骨って書いて送られてきたわ。でも、ほんとにおじいちゃんのかどうかなんて、わからないよね。”

”そのお骨どうしたの?まだあるの?持ってるの?”

”持ってますよ。もうずっと離れなくていいでしょう。”

大好きな上品な優しい祖母だった。それに私は、写真のかっこいいおじいちゃんに夢でもいいから会いたいとずっとひっそり願っていた。

そしてそれは多分、さっきの、ペットボトルを渡したあの男性に違いなかった。でも早く昼ご飯を食べにきなさいと言われているこの状況に、この姿でこの先どのように推し進めていくのかが大問題になってきた私は、せっかくの感激の霊体験である祖父との感動の出会いに、まったり浸ることはできなかったのだ。

いよいよ母がしびれを切らして、「もうほんまにあんたは!!」と言いながらまたもや洗面所の前までやって来た。ああ…もうダメだ。見つかる。ブチ切れられる…私は恐怖で座り込んで顔を隠した。その時だった。

「はい〜もう〜…エミリーちゃんの服汚れたから洗ってたん。今行くやん。」

めんどくさそうに返事する女の子の声がして、私は顔をあげた。

「え・・・」

「しっ!黙っといて。あんた、私やろ?どうやってここまで来れたん?ま、いいわ、ご飯食べたら裏の公園のシーソーのとこ行くから、先行っといて。」

背も高かったが、驚異的な上から目線でその子は私にそう指図した。女の子はエミリーちゃんという名のお人形の服を脱がせて水に濡らし、ほな後でね。と、大人みたいな笑みを浮かべて洗面所を出て行った。


続く

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