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Fairy tale from my soldier

Day 2, The beginning

さっきはドアを開けたらヤマトくんがいて、いつもの景色があったけど、今、目の前に広がったのは、イチジクや金木犀、松や桜の木など、過去いろんなことがあって心が締め付けられる庭のパノラマだった。

私は重い足取りで指示のあった公園に着いて、シーソーを見ながら藤棚の下のベンチに座った。少し、落ち込んでいた。今起きていることがパラレルワールドであっても、ただの夢であっても「封印していた過去」に、触れてしまったことは確実だったからだ。そしてそれを認識してしまっている。

だんだん怖くなって私は持って来た重たい豆乳入りエコバッグをギュッと抱きしめた。そしたら豆乳の角があちこち当たって痛かったのと、住んでいた家や、お庭のたくさんの立派に成長した木を目の当たりにし、封印していた自分自身のブラックホールみたいなものがじわじわ押し寄せてくる感覚がして、言い知れない恐怖に襲われ、泣いてしまった。

私は自分に言い聞かせた。「大丈夫。私はがんばって来たもん。逃げたんじゃない。これは夢なんだから、大丈夫大丈夫…。」さっきはパラレルワールドだとか言ってたけど、もうここは夢の中にいる設定にした。たまに夢なのに意識を持ってこうしようああしようとか思ったり、夢なのに夢ってわかってる!みたいなアレにしておいた。

大丈夫大丈夫を呪文のように言い続けると、幾分か楽になった気がして、私は立ち上がって公園の真ん中にあるウォータークーラーで水を飲んだ。すると、

「ヤッホ!お待たせ!」

さっきの女の子がものすごく楽しそうにやって来た。朱色のレッスンバッグを肩にかけて、あ、あの変な形の帽子は、アレだ。買って欲しいと懇願しても買ってもらえなくて、泣きながらハンカチを縫い合わせて作ったのが、それっぽい形になり意外と気に入って公園に行く時はいつもかぶっていたアレだ。本当にセンスが悪い。

「さっきはありがとうね。お母ちゃん、不審がってなかった?」「へぇ…私、こんなふうになってるんや…今みたいに細いままかと思ってたわ。やっぱりお母ちゃんみたいになってしまうんかーーあーーそれはショックやわ…。」

私の周りをグルグル回ってはちょっと離れて見たりしていたが、さっきの陽気さとは真逆に、私の投げかけにはまるで無視で、わかり易くとにかく私の容姿にショックを受けているようだった。

「今51歳?」と聞くので「ううん、53歳。」と答えた。え、それってストレートに50歳代に見えるということ?良いんだけど、それはそれで微妙にまた落ち込んだ。

「53歳になったら、こんなカバン持ってお買い物行くの?」

「あ、これエコバッグっていうの。パリのスーパーで買った…」「パーーーーリーーーーー?!」

彼女は欧米の子供がプレゼントをサプライズされて体中で表現するかのような反応で私の言葉を遮り、一気にテンションマックスハイになった。

「やったやったやったーーー!やっぱり私パリに住んでるんや…素敵すぎる!!あぁっっ犬は?犬飼ってる?!」

「犬も飼ってるよ!三頭いるの。でも聞いて、パリに住んでるわけじゃな…」「飼ってるのーーーーーー!やったやったやったよほんまに!三匹もすごいなすごいわ!!も、ってことはなんなん??猫もいるのもしかして?」

パリには住んでいません。『豆乳』はフレンチじゃなくてよ。などと言いかけたけど、そこは大人の対応で「猫もいるよ、ミケちゃんでもう18歳のおばあちゃんだけどね。」って言ったら「ミケ猫…猫も来てくれたん…シクシク」と見る見るうちに彼女の目に涙が溢れて来た。

私はその涙の理由を知っていた。黙ってじっと見ていたら、彼女はゴシゴシ涙を拭いて、また気分をすぐ持ち直し、やれ飛行機には乗ったか、やれ新幹線から富士山見たか、自分だけの洋服タンスはあるか、6階建ての大きな家に住んでいるか、エッフェル塔とハワイに行ったか、次から次に目をキラキラさせて私に聞き続ける。私は楽しくなってそれに答えて行くと、彼女は私の手を取って「ゆっこちゃんこっち来て!」とシーソーの奥にある土管に連れて行った。

「入れ…」「入れます」些細なリベンジをしてみた。思ったより土管は狭くて少しキツかったが、平気な顔をしておいた。

「ゆっこちゃん」は私と彼女の呼び名だ。家族もそう呼んだり「ゆうちゃん」と呼んだりしていたので、私は彼女をゆうちゃん、彼女は私をゆっこちゃんと呼ぶことになった。

今度は私が聞く番だった。「教えてくれる?どうしてあの時ゆうちゃんは私を自分だと言ったの?ゆうちゃんが大きくなった姿だってわかっていたの?」「……気持ち悪い…。」「えっ!大丈夫?!お家に帰ろうか!」「ちゃう…なんで関東弁しゃべってるん…??」

それもそうだった。いろいろありすぎて、私は東京都内に住んでいる。40歳ころまでずっと住み続けていた京都が大好きだった。ずっと京都にいようと思っていた。でも、〜話が大幅にそれる予測の為、中略〜会社の退職を機に都内に移り住み、いろんな過去を封印して、自分でセミナー講師の仕事を始めた。いつしか、東京の人の物静かでサバサバした感じが心地良くなって、自分も標準語で話すようになっていた。

「ま、いいや。私もこの日記書く時は関東弁やしな。」

ゆうちゃんは持って来たレッスンバッグから、一冊のノートを出して見せた。それは、私には記憶のないノートだった。あ、でももしかしたら表紙を替えたのかもしれない。帽子をハンカチで作って被るような変わった子だったから。

「その日記って…覚えてるよ〜『スネイル』でしょう。」

私は得意げに言った。当時母が私にいつも「あんたはほんまにいっつもとろとろとろとろ…とろくさいわ!でんでん虫やな!(※注訳;ゆっくりしすぎて超イライラします。カタツムリですか!)」と言っていたので、いろいろあって友達が極端にいなかった私は、日記に名前をつけて毎日語りかけることにしていた。その表紙に『スネイル』と書いていたのだった。嫌味を嫌味と思わず名前をつけて(しかも英語)自分の話し相手にしてしまうというセンス、ポジティブなのか何なのかわからないメンタルだったが、母の怒りの受け止め方が小学生の割にシュールだと思った。

「スネイルは別にあるねん…これはちゃう日記。ゆっこちゃん覚えてないん?」

ゆうちゃんは私の思い出のテンションとは逆に、落ち着いてそう言うと裏表紙を開けて見せた。

「そうなったらここに書き入れる表」と書いてあった。思い出した。

私はまた苦しくなった。ブラックホールの中で封印された過去が、まるで大きな爆発を始めたみたいに心臓がバクバクしている。このノートは、小学校三年生の夏休みに長崎のおばあちゃんちのお盆祭りの時、くじ引きで当たった景品だった。おばあちゃんと二人で会場まで出かけて、海で灯籠流しをして、提灯を持って家まで帰ったと言う行程だったが、このノートを手にしてから、おばあちゃんと私と他に誰かの3人で歩いている気がして、帰り道何度も何度も振り返りながら歩いていたのだ。

「ごめん…思い出したわ。」

私はゆうちゃんに恐る恐る聞いてみた。

「このノートのこと、おばあちゃんに聞いたん覚えてる?」

「…関西弁に戻ったな。」ゆうちゃんはいたずらっぽく笑って続けた。

「ほんまは、51歳のゆっこちゃんと会う予定やってん。なんでずれたんかわからへんけどな。私が質問したこと、全部ここに書いてあるねん。飛行機も富士山も。そやし、ほんまにそうなってるのか、聞きたかってん!でもこのノートほんまやってんや!あの日おばあちゃんちに帰った後…」

「ゆうちゃん!!あんたそろばんいかなあかんやん!先生から電話かかって来て、お母ちゃん探しに来たんやで!ほんまにもう!!」

その肝心な時、出た…母だ。いつもなぜか怒っている母が探しに来た。

「はーい!!今行くやん!!」

ゆうちゃんはまためんどくさそうに返事すると、カバンにそのノートをしまって筆箱を出して、その中から私に折り紙を折りたたんだ四枚の紙をくれた。

「これな、絶対持っといてな。中はまだ開けたらあかんで!私も同じの持ってるし!」

私はそれを受け取り、ゆうちゃんは走って母のところまで行ったようだ。それを見計らって、また藤棚の下のベンチに腰掛けた。だいぶ陽が傾いて来た。なんだか私はものすごく楽しくて明るい気分だった。夢からそろそろ覚めるかな〜。四枚の紙。一体なんだろう。開けてはいけないと言われると、開けたくなるじゃん♪夢だしいいか!と思って「ぺりっ」とセロテープをめくった時、誰かが私の目の前に立った。

恐ろしい時は顔をすぐ上げられないのだろうか。足元を見ると、見覚えのあるボロボロになった革靴。

「あっっ!!」

反射的に顔を上げた時、そこに立っていたのは、紛れもなく、あの深緑の服を着た男性だった。


続く







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