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「ミシンと金魚」永井みみを読んで、そしてちいさく祈った




認知症の老女カケイを描いた物語。

カケイはちょっとおしゃべりで、頭の中の記憶も少しばかり混乱している。
カケイはデイサービスの介護士のことを「みっちゃん」と呼ぶ。「おおきいみっちゃん」「ちいさい方のみっちゃん」
通院介助して、先生の出す抗躁剤に意義を申し立てる、強気な「みっちゃん」だっている。

カケイはあまり裕福でも幸福でもない若い時代を懸命に生きた。このデイサービスには当時の泥臭い知り合いがいる。
少なくとも新興住宅街ではない、地元の人が長くいるような場所で、若い頃の怨恨や、家族のことを覚えている人だっている。悲しみも、苦しい時代もあったけれどミシンに熱中して仕事をこなし、それで失うものももちろんあった。そのことを知る人ももちろんいる。

だけども今のカケイは、少しばかり記憶もあいまいになり、少なくとも不幸ではないように見える。

なぜに、カケイが介護士たちのことを「みっちゃん」と呼ぶのか。
カケイの見えている世界に気づいたときに鳥肌たった。
そしてカケイの生き方をまるごと受け入れている筆者の世界観に鳥肌がたった。
すごい作品だとおもった!

カケイが大事にしているものを、筆者が同じくらい大事に思ってくれている。
「ここはなんて、しあわせな世界なんだろう」と思った。

わたしもケアマネのハシクレなので、人間は自然の道筋を逆行することはできないことももちろんわかっている。
そういう旅立ちの道の途中にいる人たちと一緒に立ち止まり、一緒に空を見上げることが、わたしたちの仕事のような気もする。
願うのは「この人の今がしあわせでありますように」
ただそれだけだ。

来し方を語るならいつまでも聴いていたい。
行末を思い煩うならば、その人の気持ちが穏やかになる日を待っていたい。
そしてなによりも。
今ここにいるこの人が、思い煩うことなく楽しく生きてくれればいい。

カケイの見えている世界を知っている人がいる。
筆者の見たカケイという世界が鮮やかに記録されている。

あるいはその全てが事実ではないかもしれないし。
そんなにいいことばかりではないのかもしれないけれど。

ちいさな祈りとともに。
カケイの世界はとても鮮やかに描かれていて、拍手喝采だった!


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