マリッジ

「マリッジ・ストーリー」愛はつづく、カタチを変えながら 【ネタバレあり】

先日、街角のクリエイティブに、僕の書いたNetflixオリジナル映画「マリッジ・ストーリー」評が公開されました。

離婚を描いた映画として「クレイマー、クレイマー」に比肩して語られると思うほどの名作でしょう。

いつものようにあれやこれやと褒めたので、街クリの記事もぜひ読んでほしいんですが、今回は補足というか、あたらしく気づいたことを書いてみます。

きっかけは、読んでくれた方のツイートでした。

(泉さん、いつも感想ありがとうございます。本当に励みになります)

感想自体が秀逸な作品評となっていてすばらしいんですが、ラストシーンについて言及してもらいました。

泉さんが言うように、「マリッジ・ストーリー」はラストシーンもいいんですよね。ハロウィンで再会した元夫婦のチャーリーとニコール。帰り際、ニコールがチャーリーの靴紐を結び直し、2人は正反対の方向へ歩いていく。

こういうシーンです。(画像は筆者がキャプチャしたもの)

画像1

2人が進む方向は分かれてしまったけど、行き止まりじゃない。つづいていくんです。チャーリーの前につづく道がそれを示していますよね。

靴紐を結び直すという「愛」の象徴が見せられた後ですし。

ニコール家族がビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の衣装なのも心憎いです。『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は、傷心のペパー将軍を慰めるためにバンドがショーを行うという設定のアルバムですから。

さて、ここで別のシーンの画像も見てください。(画像は筆者がキャプチャしたもの)

画像2

離婚に向けての協議をする室内のシーン。好きなシーンとして街クリの記事にも書きました。

ラストシーンと構図がおなじだと思いませんか? 中央の消失点を強調した奥行きのある画面。

何が違うか? お分かりですね。

協議シーンは室内ゆえに消失点は壁、行きどまりです。
ラストシーンは屋外で消失点は道の先。おわりが見えません。

夫婦としてのチャーリーとニコールには先のない、行き止まりしか残されていなかった。むしろ、夫婦としての関係が終わったことで未来がひらけたということです。

ラストの余韻を際立たせるために、状況の違うシーンで同じ構図を用いたんですよね。

こういうのは、絶対意図的にやっています。さすが、ノア・バームバック監督。あれだけ考えたあとでもまだ発見があります。

この発見のためだけのnoteなので、これで言いたいことは終わりです。

最後に蛇足の蛇足。

こういう仕掛け、知らなくてもいいし気づく方が偉いとかまったくないです。監督たち制作陣はもっともっとたくさんの仕掛けを入れているはずです。

ひとつの映画には、見た人の感情を揺さぶるためのあらゆる工夫がつまっている。逆にいえば、それだけのことをしなくては人の感情を揺さぶることなんてできないんですよね。

僕も偉そうに映画評とか書いていますが、結局は「ここがすごいよ! ほらほら! いやあ~最高!」って言って共有したいだけなんだなあとつくづく思うわけです。

いやあ、やっぱり映画はたのしいなあ。

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カサブランカって良い映画ですよねえ
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愛媛県在住。映画評を書いています。映画の新しいたのしみ方や目線を持ってもらえる文章が理想です。映画以外だと70年代ロックが好み。身長183cm。
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