衡平な選択⑨

【ある少女の物語】 

「ようやくこのくるみ様の出番ってわけね。遥ちゃん、行くよ~!!」
遥の鼓動が高鳴る。くるみちゃんによってときめきを覚える。それは片思い相手の智也に対するものでも、この現状に対するものでもなかった。
 ぱさぱさぱさ。
 遥の脳裏に唯一の友人であった白い猛禽類が掠める。
「K、あなたは…… 幸喜」
 こうして、遥の『二酸化炭素を固定化する能力』によって、二〇二〇年の三月、北京とニューヨークをダイヤモンドと同じ硬さの物質の雹が襲った。二〇三〇年の温室効果ガス削減目標をより野心的にさせるための脅迫は一時は成功するかに見えた。しかし、物質の資源活用が見出され、失敗に終わった。遥は能力の代償として、様々な記憶を失い、歩行もままならなくなった。



 それからまもなくして遥は死んだ。
理由は心不全と診断された。通常なら考えられないことだが、なんらかの原因で心肺機能が低下していたのかもしれない。ナースが発見したときには、ベッド上に掌ぐらいの石が置かれていたが、医師と共に再度訪れた歳には、もう無かったという。
 超能力研究会は解散し、それぞれの道を歩むこととなった。
 そして、80年が過ぎた。物質は人工的な作成が成功し、ガイアモンドと呼ばれている。水素作成の触媒や有害物質の除去として活用されている。しかしながら、二〇三〇年の温室効果ガスの削減目標を含むパリ協定とSDGs(持続可能な開発目標)の達成は失敗した。技術革新は行われたものの、不平等さを無くすことはできず、世界は都市化とスラム化が同時に進むモザイク状の様相を呈していた。貧困層は子供を養うことが困難であり、至るところに施設が作られた。KEI、NANO、ALICEはそんな施設を抜け出した子供たちであった。

【不安】 

 みしり、みしりと階段を上がる。この瞬間がいつも鼓動を激しくし、気持ちが高ぶってくる。右か、嫌、左の部屋だ。左の部屋の奥へと進んでいく。壁沿いに箪笥があり、シングルベッドがある。そして化粧台。このパターンだと..... 、KEIは化粧台をゆっくりずらす。物陰には、指輪が落ちていた。暗くてよく見えないが、宝石がついていそうだ。
「KEI~どうだ?」
 NANOの声が聞こえる。
「収穫ありだ!そっちは?」
「こっちはなさそうだな~」
 すると、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
「KEI、行くぞ」
指輪をポケットに入れると、速やかに階段へ足を踏み出す、手すりを使って。パキッ。手すりの持ち手の部分が砕ける。早まったか。階段を転がり落ちる。頭を強く打ったようだ。ふくらはぎにも刺すような痛みが走る。こいつはまいった、NANOが上手くやってくれたらいいが。
「だから、この家には何もなかったんだって。それに変な音がするし、幽霊がいるかも」
「はいはい、お友達もいるんだろ?さ~て、かくれんぼはお終いだよ~」
 ちっ。いつものアイツがやってきちゃったか。
「はい、み~つけた」
「よぉ、KING。見ての通りだ。何の抵抗もできない。もっともこの家には何もないがな」
「この家には何もない。たしかに。なぜならおまえさんが持ってるからだよな?」
 KINGはKEIの服を確かめると、すぐにポケットから指輪を発見した。
「お、指輪か。石はねぇみたいだが、ないよりはましだな。じゃぁ、お疲れさん」
 KINGはあっさり帰って行った。これで何度目か。やつにとっては楽な仕事だな。
「KEI、大丈夫か!」
「ああ、足はそうでもないが、頭がくらくらするな」
「しかし、まったやられちまったな」
「まぁな、でも収穫がないわけじゃないぜ」
 そう言うと、KEIはNANOにキスをした。
「ん?なんだこれ?」
 NANOは口から小さな玉を取り出した。
「指輪の石さ。工具で外して、舌の裏に隠してたんだよ」
「さすがだな!」
 今度はNANOからキスをする。舌を絡ませあっていると、二人は股間が固くなってくるのを感じる。
「ぷはっ、続きは帰ってからだな。手を貸してくれるか?」
「いつも身体ごと貸してるだろ笑」
 NANOはKEIをエネバイクの後部座席に乗せ、帰路についた。家に着くと、かわいい天使が出迎えてくれた。
「这之后我们还要不要做爱?」
「余計なお世話だ。早く寝ろ!」
「ImissU]
[はいはい、ミスミス。KEI、消毒液取ってくるな。」
 NANOが闇夜に消える。
「KEI大丈夫?」
「ALICE大丈夫だよ。ほら、今日の収穫だ」
「hmm,よく見えないよ」
 ALICEの大きな目がより大きくなる。
「KEI待たせたな。足出せ」
「サンキュ。ついでにこいつを磨いてくれ」
「こすってこすって」
「アルコールでいいのか」
「ああ、多分ダイヤだ」
 NANOは消毒液をTシャツの端に染み込ませると、その石を磨いた。
「ALICE、エネフォンで照らしてみてくれ」
 ALICEが光を照らすとその石は七色に輝いた。
「きれいね、ねぇ、私とどっちがきれい?」
「何度目だ、その質問」
「どっちよ!」
「KEIがここまでして取って来たダイヤに軍配が上がるかな」
「ふ~んだ。今日は『セックス』してあげないんだから」
「いいぜ、俺はKEIと楽しくやるからさ」
「なによ、もう知らない!」
 そう言うと、ALICEは奥の部屋に引っ込んで行った。
「NANO、行ってやれよ。俺はいいから。後々めんどくさいぞ」
「んなこと言っても、あれは中途半端だからな。俺はKEIとの時間を楽しみたいがな」
「妊娠したらやっかいだからな。それ以上にALICEの機嫌を損ねるのがやっかいだ」
「はいはい、俺はお姫様を慰めに行きますよ」
 すると奥から張り裂けそうな声が聞こえてきた。

「あたしがしたいって言ってるのになんで来ないのよ!」
 時すでに遅しか、もしかしたら月のもののせいかもしれない。とはいえ、ALICEの部屋には何も置いてないから大丈夫だと思うが、なにも?
「NANO!まずい、ALICEはいま!」
 KEIの頬を風がよぎる。すると、頬から一筋の血が垂れる。がっしゃ~ん。何かが割れる音がする。もう、なんだっていい。もはやこの家は、世界一固い鉱物が飛び交う殺戮の家になってしまった。時間をかけている余裕はない。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。
ALICEに近づかなければ。
「ALICE!こっちを見ろ!」
 ALICEは天を仰いだまま直立し、涎を垂らしている。ALICEの念動力は直線しか描けない。ダイヤが水平方向に動いた瞬間がチャンスだ。ALICEに直進することができる。あと一歩。そのとき、バキバキ、床が抜けて足が嵌る。しまった。後方から風の音が聞こえる。絶体絶命だ。
「は~い、お姫様。お口にチャック。チュパ」
 NANOがALICEにキスをしている。ALICEも意識を取り戻したのか、キスに夢中になっている。真後ろでコトンと音が鳴った。身体は冷や汗でぐっしょりだ。NANOがアイコンタクトとピースサインを送ってくる。KEIはゆっくりと足を引き抜くと、惨状を見渡す。この家も頃合いか。KEIとNANOは物心ついたときからの中だが、ALICEと出会って1年。既に家は5件目である。なかなか気に入っていたんだが。
 はじめてALICEに出会ったとき、彼女は赤黒く汚れたパジャマを着て仁王立ちしていた。鋭い目つきをしながらも無表情のその顔は、1つの住居を仰いでいた。そして、その横からは重機がのろのろとスピードを上げながら押し寄せている。
「あぶない!逃げろ!」
 KEIは思わず叫んでいた。振り返る少女。後方から衝突音が響く。
「なんなの、あんた」
 少女はまたもや鋭い目つきになる。悪寒が走る。
「ママー」
 子供の声が聞こえる。住居からなんとか出て来られたようだ。全員助かったのだろう
か?
「ちっ。あんたのせいでやり損ねたじゃない。どうすんのよ」
 少女の目に力が宿る。
「目的はなんなんだ?よ、よければ手伝うよ」
「目的?そんなの衣食住に決まってるじゃない?誰もがそれを求めてるのよ」
「そ、そうか。じゃぁ、うち来ないか?」

「あんたん家を乗っ取ればいいのね?」
「いや、違うんだ。友達と毎日物資調達してるんだ。それを分けるよ。君はお家で好きなことしてればいいからさ」
「トモダチ?」
「そ、そうだ、君ともトモダチになろう。ねっ?」
「『セックス』をするってこと?」
「ん?いや、そういうタイプじゃないっていうか、その、たまには、そうだね。友達もいるし、いいかもね」
「分かったわ。連れて行きなさい。」
「えっ」
「私を抱っこしなさいと言っているの。早くなさい」
KEIは言われるがままALICEを抱っこした。ん?軽い。確かに痩せ細っているけど、いくらなんでも軽すぎやしないか?
「早く進みなさい」
「は、はい、お嬢さん」
 そして、一年が過ぎた。幸いにもNANOがALICEの扱いに長けていたのが救いだった。ちなみに、ALICEというのはNANOが名付けた。施設の本のキャラクターにいたらしい。こんな獰猛なキャラクターなのだろうか。
 KEIは毎日の生活に満足していた。NANOは仕事の上でも生活の上でも重要なパートナーだ。彼と一緒ならこんな世界でも上手くやっていける気がする。しかし、たまに思う。貧困、飢餓、健康が脅かされる世界で自分はいつどうやって朽ち果てていくのだろうかと。
 破壊された壁から、ぼんやりとい煌びやかな光が見える。都で生活するにはお金がかかる。戦利品を都で売却した日銭で流浪の生活をするのがやっとだ。「学校」などは行ったことがないが、施設のときや戦利品で得た書物で勉強するのがKEIは好きだった。ダイヤは明日売らないとな。少しばかり心を痛めながら、KEIは横になる。温度計は35度を指していた。


まだま若輩者ではございますが。皆さんの期待に応えられるように頑張ります(*'ω'*)