衡平な選択⑦

【家族】
佐藤和美はシングルマザーである。大手損害保険会社で働いており、収入としては十分娘達を養っていける。長女の光は4月から同じ系列の大手の銀行に入社することになっている。親としては一安心である。問題なのは、次女の遥であった。勉強が決して苦手なわけではない。大学も選ばなければ進学できるであろうが、その後は一体彼女はどのような道を歩むのであろうか。大学と言えば、人生の夏休みとも言われる。授業の取り方は一定の裁量があり、長期休みもあるため、それぞれが自由に過ごせる時間が多い。ここで、一皮むけて欲しいと和美は考えていた。何かやりたいことを見つけて欲しい。打ち込めることを、熱中できることを。
 和美の帰宅時間は遅い。夕食は子供達に任せてある。家族が一緒にいられるのはせいぜい土日だが、光は出かけていることが多く、遥は自室に篭っていることが多い。これではいけないと思いながらも、過干渉になるのもよくないかと自分の中でも揺らいでいた。
 そんな最中である、遥がいなくなったのは。最近出歩くことが多くなったので、どこかに出かけているかとも思ったが、携帯の連絡もつかない。姉の光に聞いても首を振るだけだ。家出?そんな言葉が頭に浮かぶ。これが遥の反抗期というやつだろうか。学校の友人に聞いてみたくても、遥の交友関係は分からない。学校に問い合わせをするものの、登校はしていないとのことだった。これから受験も控えているというのに。朝になったら、警察に捜索願を出そう。そう思いながら帰宅すると、玄関の扉に突然何かが引っかかった。見ると、艶のある七三分けの髪型黒のトレンチコートに身を包み人差し指を口の前で立てている。
「落ち着いてください、和美さん。こういう者です。遥さんを助けに来ました」
 ライターだと言う男の粘り強さに負け、いや実際のところは少しでも信憑性のある情報にすがりたく、男を家の中に通した。カーボンナイトライド?テロ?団体X?和美は所謂キャリアウーマンであったが、思考が追いつかない。仕事の疲れもあるのかもしれない。
「明日、有給休暇を取ります。警察と共に相談しましょう」
 しかし、男に言い止められた。公にすることは娘にとって状況が悪くなることのようだ。
 それから、それから、一週間。ライターからは何の音沙汰もない。行方不明者の7割は一週間以内に発見される。これ以上待ってられない。その時、和美のスマホが鳴った。先日のライターの番号だ。すぐに出ると、遥を無事発見したから、すぐに病院に来るようにとの連絡だった。和美は安堵した。おそらくこの一週間の娘とのコミュニケーションは今までのものと大差なかったかもしれない。しかし、それが良くなかったのだろう。これからは、もっともっと娘との対話を考えなければならない。長女も自立したことだし、仕事の分量は減らす方向で考えていこう。和美は最初に娘にかけるべき言葉を考えながら、タクシーを呼んだ。

【舞台裏】

 フェーズ3の粛清を行った一日目。Kはぐったりした遥を新宿のホテルニューワンの三一〇号室で寝かせた後、佐藤家の様子を見に行った。すると、佐藤家のあるフロアに怪しい人影がいる。恐らく以前から、K達の様子を調査している男に違いない。遥の母と初対面を狙っているのだろう。遠くから様子を伺うと、エレベーターで女性が上がってきて部屋に入ったところで、男もまた入り込んだ。しばらくの膠着の末、両名は家の中へと入っていった。Kはマンションの前で待ち構えることにした。

 程なくして黒のトレンチコートを着た男が出てきた。背後から注射器を射して眠らせる。ホテルニューワンの遥が寝ている隣の部屋三〇九号室に男を寝かせて両手を紐でベッドに固定する。
「おい、起きろ」
 トレンチコートの男としばし会話した後、Kは再び注射器を射した。
 二日目。
「起きてくれ、ご飯だぞ」
 トレンチコートの男は気怠そうに起きると、周囲を見回した。どこかで見た光景だ。目の前には、灰色のフードを被った小柄な男がいた。
「俺は…… 生きてるのか?」
「ああ、生きてる。今何したい?」
「水を…… 飲みたい。トイレにも…… 行きたい」
「これが水だ。トイレはそこ」
「俺は解放されたのか。遥さんはどこだ?」
「残念、監禁期間だよ。遥ちゃんは隣の部屋」
「ふ、君たちの組織は私を見くびりすぎじゃないのか?正々堂々と一対一で君のような小柄な子が相手だったら、勝敗は分からんぞ」
「正々堂々だったらね」
 そう言うと癒しの音楽が流れ始めた。次の瞬間、トレンチコートの男の腹部を強い衝撃が襲った。
「ぐはっ」
 トレンチコートの男は蹲る。
「めんどくさいから、もう歯向かわないでね。あとパンツは自分で洗ってね」
 何も見えなかった。その時トレンチコートの男は思い出した。こいつらが超能力研究会だったということを。そう思いながら、パンツを洗った。
 三日目。トレンチコートの男は流石にトレンチコートを脱ぎ、インナーと下着で過ごしていた。

「てんくん、そう言う記事じゃダメなんだよ。もっと読者目線に立って、これはお年寄り向けの記事なんだから、もっと大きな文字じゃないとダメなんだよ」
「だったら最初からそう言ってくれよな。オイラだって一生懸命やってるんだよ」
 インナーの男が職場に怪しまれないために、てんは仕事を代行していた。さすがに捕虜に通信機器を触らせるわけにはいかない。
「さぁ、くるみちゃんさまのお帰りよ。あんたたち食料買ってきたわよ、ってなんでパンツなのよ!変態!変態なのね!ちょっとなんかあるでしょ。さっさと着てよね」
 黒い長い髪が映える純白のモコモコダッフルコートを着た女の子が両手に袋を下げて現れた。
「てんくん!女の子来るならそう言ってよ」
「あ~まぁ、記者さんなら調べてくるもんじゃない?とにかく浴衣でも来てよ」
「じゃぁ、てん、バトンタッチね。いってらっしゃい」
 バトンタッチ?インナーの男は冷静になった。これは好機か?
「見た?てん!いまこいつ、絶対ヤバイこと考えたわよ!私に何してくれようと考えてるのかしら?てん!しばって」
「変態さんはお断りだよ」
 あぁ、またか。インナーの男は考えるのを辞めた。
 四日目。てんは昨日ホテルニューワンを後にしてから、一時間ほどで帰ってきた。
「ただいま。ついでにこれ買ってきたよ」
 それはノーブランドのジャージだった。
「てんくん、ありがとう。信じてたよ」
 インナーの男は咽び泣く。そしてジャージの男となった。
 そして、てん、くるみちゃん、ジャージの男は仲良くテレビを見ていた。
「てんの動画の報道、日本でもやるようになったわね。てか、あんた英語の発音もっと良くした方がいいわよ」
「しょうがないじゃないか、オイラもともと英語苦手なんだから。くるみちゃんがやってよ。インフルエンサーなんだから」
「や~よ、私がやったら経歴に傷がつくじゃない。クリエイターは政治的な発言は注意しないと」
 くるみちゃんも何か作ってるのだろうかとジャージの男は思った。
 五日目。パシャリ。パシャリ。室内の中をカメラの音が響く。
「いいよ~くるみちゃん、その笑顔最高!はい、もう1個別のアングルから。はいポーズ変えてみようか」
 ジャージの男が今までになく活き活きしている。彼は、くるみちゃんがコスプレイヤーだと知ると、荷物から一眼レフを取り出したのだ。

「そろそろこのダッフル脱ぎたいんだけど、いいかな」
「もちろん、どんどん脱いじゃって!」
 ジャージの男が囃す。
「くるみちゃん、脱ぐのはコートだけでいいからね」
 てんが慌てて付け足す。
「てん、分かってないわね。こういうのはギリギリを攻めるのが良いのよ!一番売れるのよ!」
「そんなオイラ見てらんないよ!」
てんが両目を手で覆う。ん?女を人質に取れば勝ちか?とジャージの男は考えを巡らす。
「てん、こいつ、ヤバイこと考えてる!やっておしまい!」
「アイアイサー」
 ジャージの男は再度考えるのを辞めた。
 六日目。
「ん~私はどの写真も綺麗ね~。ね~てん。どの写真がいい」
「うん、くるみちゃんの写真はどれも綺麗だと思うよ」
「バカね。どれも綺麗だったら選べないじゃない!」
「そんな、オイラくるみちゃんと同じことを言ったのに」
「もうこれじゃ堂々巡りよ!次元を上げるのよ!アウフヘーベンよ!」
 そう言うと、くるみちゃんは服を脱ぎ始めた。
「えっ?ちょっとこんなとこで?!ジャージの男もいるのに!」
「ほら、下着と言ってもこれよ」
 そこには白のレースのワンピースのようなものを着たくるみちゃんがいた。と言ってもほとんどが透けている。生憎、いや幸いにも股間には別の下着を身につけている。
「ベビードールと言うのよ、こっちの方が覆われてる面積が多いのに、なんだかエロティックでしょ?ほら、こうやって髪をアップにしてうなじを見せるとまた雰囲気変わるでしょ?」
「くるみちゃん、オイラっオイラっ」
「お取り込み中すいませ~ん。トイレ行きたいんですけど」
 ジャージの男が空気を読まずに割り込んできた。
「あっじゃぁ、解かないと、くるみちゃんも防御力が下がってるから服着て」
「何?そのドラクエ的な設定?いいわよこのままで」
「いいから着て!あと、ジャージ!この状況がチャンスだと思ったら思い上がりも甚だしいからな」
 てんの語調がありとあらゆる方向に強くなった。

「は~い、早めに解いて下さ~い」
 ジャージは鼻白んだ顔をしている。とうとう男ですらなくなった。
 7日目。ジャージは放置されていた。こんなに放置されるのは久しぶりだ。これは何かことが動いたということか。しばらくして全員が入室してきた。全員というのは、てんとくるみちゃんと遥を抱き抱えたKだった。まるで葬儀が行われた後のような顔を皆している。
「遥を病院に連れて行ってくれ。てんとくるみちゃんは例の場所に向かってくれ。これをもって超能力研究会を解散とする」
Kはその場を後にした。

 解散か。聞いていた通りのシナリオだ。この後、遥さんを病院に連れて行き、母親に説明したら仕事終了だな。想定外のことも多かったが、なんとかなったな。
「ジャージ、遥ちゃんのこと頼んだよ」
「レディなんだから、丁重に扱ってよね」
「はい、報告はKさんの方にしておきます」
 ジャージはにこやかに返事した。
「Kから個人的なこと聞くなって言われてたんだけど、ジャージ。お前なんて名前なんだ?」
「スズキですよ、今日はね。また何かあればご連絡ください」


まだま若輩者ではございますが。皆さんの期待に応えられるように頑張ります(*'ω'*)