図書館ー2

『指輪物語』(The Lord of the Rings)(その2)


◇ローハンの姫君エオウィン
 『指輪物語』第2部は「二つの塔」。
 第1部と第3部では、ドラマチックな物語が展開するのに対して、第2部ではあまり大きな動きがありません。
 しかし、ここでヒロインが登場します。ローハンの姫君エオウィンです。
 『指輪物語』全編中、一番魅力的なのはエオウィンです。彼女が物語全体の主人公だといってもよいでしょう。

 大河アンドゥインのラウロスの滝の前で、旅の一行はオーク(魔法使いサウロンの手下である怪物)の襲撃にあいます。その後、一行は2手に分かれ、フロドとサムワイズは、指輪を破壊するため、冥王サウロン が支配するモルドールに侵入し、滅びの山へ向かいます。

 他のメンバーは、ローハンの都エドラスに向かいます。エドラスは、白の山脈(White Mountains)の斜面にある山城。「草原にひとつだけ丘があり、その背後に雪の山脈が横たわる」と記述してあります。

 ローハンの王セオデンは名君でしたが、蛇の舌グリマに操られて判断力を失っています。それを悲しむのが姪のエオウィンと、彼女の兄エオメル。

 ガンダルフはサルマンの魂を追い払い、セオデンはかつての偉大な王に戻ります。
 エオウィンは、アラゴルンを一目見て、慕うようになります。
 しかし、アラゴルンはすでにエルフの姫君アルウェンと婚約しているので、エオウィンの愛を受け入れられません。

 サルマンは、オークの大軍を差し向けて、ローハンを攻撃します。
 ローハンの人々は、白の山脈の奥のハロウ砦に避難し、軍は北にあるヘルム峡谷の石の要塞である角笛城で対戦します。
 苦戦の末、エルフの軍隊が到着し、ローハン軍の勝利に終わります。

 他方、フロドたちは、モルドールでの苦難の旅を続けます。
 そして、指輪大戦争が迫ります。

◇ぺレンノール野の会戦
 指輪大戦争のクライマックスは、ペレンノール野の会戦です。
 ここで、エオウインとナズグルの首領が対決します。

 私は、この場面を、100回以上読んでいます。
 同じくらい読んでいる人は、他にも大勢いるでしょう。

 以下の” ”は、瀬田貞二、田中明子訳『指輪物語』(評論社)からの引用(この部分は、名訳です)。

 ”大きな影が落下する雲のように降りてきました。そして、見よ!これは翼を持った生きものでした。”

 怪鳥の上に乗っているのは、冥王サウロンの手下、ナズグルの首領です。

 ”彼は、暗闇が消え失せる前に、乗り物の怪鳥を呼び出して、ふたたび空に戻り、ここにやって来たのです。破壊をもたらして、望を絶望に変え、勝利を死に変えるために。”

 その前に、エオウィンが剣を抜いて立ちはだかります。
 ”「立ち去れ、汚らわしい化けものめ、腐肉漁りの頭よ!」
 「おれの邪魔をするだと?愚か者め。生き身の人間の男にはおれの邪魔立てはできぬわ!」
 「しかし私は生き身の人間の男ではない!お前が向かい合っているのは女だ。わたしはエオウィン、エオムンドの娘だ」”

 ”再びそれは空に飛び立つと、今度は速やかにエオウィンめがけて舞いおり、甲高い叫び声をあげながら、その嘴と鉤爪で打ってかかりました。”

 ”それでも姫はたじろぎませんでしました。ロヒアリムの乙女、王家の子の、細づくりながら鋼の刃のように、美しいが、凄絶なことよ。
 すばやい一撃を姫は加えました。熟練した致命的な一撃でした。怪鳥の伸ばした頸を真っ二つに切り落としました。斬られた首は石のように転げ落ちました。
 彼女が後に跳びずさるや、この巨大な姿をしたものは音立てて崩れ落ち、途方もなく大きな翼を広げたまま崩れおれました。”

 この場面は、明らかにシェイクスピアの「マクベス」を念頭に置いています。
 魔女たちは、マクベスに「None of woman born shall harm Macbeth. (女から生まれた者はマクベスを殺せない)」と予言しました。
 しかし、最終場面でマクダフが、Macduff was from his mother's womb untimely ripp'd.(私は帝王切開で母から取り出された)と言ってマクベスを倒すのです。
 ripp'dはbornではないというわけです。しかし、これはこじ付けめいていて、弱いと思います。

 エオウィンが「私は男ではない。女だ」と宣言してナズグルの首領を倒す場面のほうが、ずっと直接的です。
 トールキンは、この場面でマクベスを超えました。
 そして、トールキンはシェイクピアを超えたと、私は思います。

 女戦士という意味で、エオウィンは、ワグナーの「ニーベルンゲンの指輪」のブリュンヒルデです。
 だから、トールキンの『指輪物語』は、北欧伝説「指輪物語」の20世紀における正統の後継者になっています。

 指輪大戦争が行われたペレンノールというのは、ゴンドールの東の端、ミナスティリスの前に広がる平原です。
 ゴンドールというのは、ローハンの南に広がる人間の王国。ミドルアースの中心にある国です。アラゴルンは、この王になる定めの人物なのです。
 王宮があるのがミナス・ティリスという巨大な城。
 これは、明らかにブリューゲルの「バベルの塔」を念頭に置いたものです。

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