見出し画像

『日銀の限界』全文公開:第2章の2

日銀の限界円安、物価、賃金はどうなる?(幻冬舎新書)が1月22日に刊行されました。
 これは、第2章の2全文公開です。

2 異常な円安で激増する観光公害の悪夢

外国人旅行者のスーツケースで、満員電車は身動きもとれず
 先日、通勤時間帯に電車に乗ったら、外国人旅行者が増えているのに驚いた。空港から都内のホテルへ移動しているのだ。5、6人連れで、巨大なスーツケースを電車の中に持ち込んでいる。ただでさえ満員の車内は、スーツケースのために隙間はまったくなし。彼らは始発駅から乗っているので座席に座っているが、途中から乗った日本人は、立ったまま押しつぶされている。
 外国人旅行者の集団は、新幹線にも巨大なスーツケースを持ち込む。座席前のスペースか荷棚に載せるが、通路にはみだして通行の邪魔になる。そこで、東海道・山陽・九州・西九州新幹線では、特大荷物の車内持ち込みを事前予約制とすることにした。

オーバーツーリズムの復活
 オーバーツーリズム(観光公害)とは、イタリアなどのヨーロッパ諸国で、以前から問題になっていたことだ。外国人旅行客が押し寄せ、観光地だけでなく、日常生活空間に侵入してくる現象だ。日本の観光地でも、コロナ前から問題とされていた。
 京都では、市営バスが外国人旅行者で一杯になって、地域住民が日常生活に利用することができないとか、鎌倉駅ではゴールデンウィーク中には駅の外まで行列ができ、乗車するまでに1時間近く待つというニュースが報道された。
 また、外国人観光客に人気のある場所付近の住宅街では、庭や敷地内に食べ歩きのゴミが捨てられたり、私有地に無断立ち入りされたりする。多くの観光客がタクシーを利用するため、住民が利用できない。ショッピングセンターの混雑やレンタカーの交通事
故も問題となった。さらに、民泊の増加などによる地価・家賃の高騰や、治安の悪化で住民が流出するという、地域価値の低下現象も懸念された。
 歴史的建造物への落書きや、自然破壊、店の雰囲気の悪化などの観光資源劣化問題もあった。こうなると、国内旅行者の減少にもつながる。渋滞や混雑のため、京都への旅行を断念する日本人が増えたという。
 外国人旅行客は、2013年から急激に増えた。しかし、コロナ禍で水際対策を強化したため外国人観光客の姿が消え、前記の現象はいったん止まり、地域環境が改善された。ところが、2023年10月に水際対策が大幅に緩和されたため、問題が復活し、さらに深刻度を増しているのだ。

訪日外国人客数は月300万人超え
 政府観光局(JNTO)の2024年3月の発表によると、3月の訪日外客数(推計値)は308万1600人で、これまで過去最高だった2019年7月の299万人を上回った。過去最高の更新は、4年8カ月ぶりだ。1〜3月の累計でも855万8100人となり、1〜3月として過去最高になった。年間の訪日外客数が最も多かった19年の3188万人を超えるペースだ。
 3月の訪日外客の国・地域別の上位は、韓国66万人、台湾48万人、中国45万人、アメリカ29万人、香港23万人だった。
 一方、3月に海外へ出国した日本人数は約122万人で、19年同月比63%にとどまった。

外国人旅行客が増えたのは、円安のため
 訪日外国人旅行客数は、2007年から12年までは年間800万人台だったが、2013年に急増して1000万人を超え、2019年には3188万人となった。
 これは、日本の観光地の価値が急に高まったからではない。外国人にとって日本への旅行や買い物が安くなったために起きたのだ。それは、2013年に大規模金融緩和が導入されて、円安が進んだからだ。
 2023年にも急激な円安が進んだ。その結果、ドル円レートは、2019年の1ドル=110円程度から、2024年4月末には155円まで円安になった。このおかげで、外国人は、2019年当時より、4割程度豊かになった。このため、前項で述べたように、2024年に外国人旅行客が急増したのだ。
 要するに、日本は、世界に向けて、歴史的なバーゲンセールをやっているのだ。安い商品やサービスを求めて、全世界から観光客が日本に押し寄せるのは、当然のことだ。
 このため、ホテルは外国人で一杯。高級ホテルは、いまや日本人には高くて泊まれなくなってしまった。ところが、ヨーロッパからの観光客は、「東京のホテルは1泊7万円で、とても安い」と言っているそうだ。
 ホテルの近くのレストランでは海鮮丼が5000円。日本人の旅行客はびっくりして、「ゼロが一つ多い」と嘆いていた(テレビ朝日ニュース、2024年3月7日)。

SF:超円安がもたらす悪夢の世界
 円安がさらに進めば、どうなるだろう? 以下は、私が構想中のSFのあらすじだ。
 日本を訪れる外国人は、円安のためにますます豊かになり、日本中を我が物顔で歩き回るようになった。日本は国をあげて、ホテル代もレストランでの食事代も、交通費も、国際標準からすれば、信じられないほどの超安値でバーゲンをしているのだから、客が集まるのは当然だ。
 外国人客が増えるので、飛行機はもちろんのこと、新幹線もホテルも、日本人には高くて利用できなくなった。利用できるのは外国人だけ。そのうち日本人は、食べるものも満足に手に入らなくなってしまった。それでも、外国人が押し寄せるのを防ぐことができない。
 疲れ果てた日本人は、過去を懐かしんで、つぎのように言うだろう。
「1ドルが160円になって、大騒ぎした時代があった。まだ余裕があった古きよき時代のことだ。いまや、給料は当時と変わらないのに、ホテル代は1泊70万円、海鮮丼は5万円だ。あの時に抜本的な円安対策を実行していたら、こんな惨めなことにはならなかったのに……」
 これは、遠い将来の日本の姿を描いた話のつもりだった。ところが何と、現実にはすでに、国内旅行も日本人には「高根の花」になってしまっているようだ。日本経済新聞2024年10月16日「国内旅行も「高根の花」」は、つぎのように伝えている。
 観光庁の調査によると、国内の日本人の延べ宿泊者数は、2023年12 月から24年8月まで、ほぼ一貫して前年割れになった。
 実質所得が増えないなかで、宿泊費が急騰しているからだ。消費者物価指数の「宿泊料」の直近の水準は、20年の水準の2倍近くに上昇した。
食費なども上昇しているので、旅行には慎重にならざるをえない。新幹線や飛行機の利用は控え、遠距離であっても自家用車でという人が増えているそうだ。


いいなと思ったら応援しよう!