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『AI時代の「超」発想法』 はじめに


『AI時代の「超」発想法』が2019年9月19日にPHP出版社から刊行されます。
 これは、その全文公開のうちの「はじめに」です。


はじめに


本書は、「どうしたら、新しいアイディアを生み出すことができるか?」についての方法論を述べた本です。
新しいアイディアがきわめて重要であることから、さまざまな発想法がこれまで提案されてきました。例えば、カードに考えの断片を書いてそれを並べ替える、フローチャートを書く、マトリックスを書く、等々の方法です。
ものを作ったり、植物を育てたりする場合には、確かに一定の手続きを、指定されているとおりに実行すれば、必ず一定の成果が得られます。これまで提案されてきた発想法の多くは、そのような考えを延長して、「発想においても、一定の手続きにしたがえば、よいアイディアが得られる」という考えのもとになされてきたのです。
ところが、発想は、このような定型的な作業によってなされるものではありません。
アイディアを生み出すのは、決して簡単なことではないのです。「一定の手続きにしたがって、そのとおりに作業を進めれば、必ずよいアイディアが出てくる」というわけにはいきません。
では、発想は、特殊な能力を持ったごく一部の人だけに許された作業なのでしょうか。そして、その人たちが行なっている創造活動とは神秘的なものであり、他の人々にはその奥儀を窺い知ることができないものなのでしょうか?
決してそうではありません。実際、これまで独創的な仕事をしてきた人や新しいアイディアを生み出した人がいっていることを読むと、驚くほど似た方法で発想を行なっていることが分かります。
このことから、発想には一定の法則性があるということができます。
その法則を理解し、それにしたがった工夫を試みれば、アイディアを生み出しやすくなる環境や条件を整えることは、十分可能なのです。そうすることによって、どんな人でもアイディアを生み出すことができます。発想は、決して一部の人々の独占物ではありません。
では、その法則とはどんなものでしょうか? 本書はまずこのことを説明します。
そしてつぎに、その法則を踏まえ、発想するための具体的な提案を行なっています。
例えば、発想は必ず模倣から出発するものであり、その意味で誰にでもできる作業であることを強調します。真に独創的な考えとは、模倣から出発しながら、模倣にとどまらずにそこから脱却したもののことです。
また、とにかく仕事を開始し、継続するのが重要であることも強調します。仕事を続けていれば、何らかのことがきっかけになって、新しいアイディアが生まれるでしょう。
繰り返しますが、このような意味で、アイディアの発想は一部の人だけができることではありません。どんな人も、適切な環境を整え、適切な仕事の方法をしていれば、アイディアを得ることができるはずです。

ところで、情報技術の進展に伴って、アイディアを生み出すための環境も変わってきています。とくに重要なのは、AI(人工知能)による音声認識や画像認識です。これらの技術進歩は著しく、いまでは、スマートフォンを用いて、どんな人でもこの技術を活用することができます。これらをうまく活用することができれば、アイディアを生み出す作業の能率は、大きく向上するでしょう。本書は、これに関して、いくつかの具体的な方法を提案しています。
経済活動におけるアイディアの重要性は、ますます高まっています。新しいアイディアによって新しいビジネスモデルを確立した企業が、世界をリードしています。
他方で、AIが経済活動に広く取り入れられ、ルーチン的な仕事のみならず、これまで知的な作業と考えられていたものも、AIによって代替されつつあります。こうした世界において、人間の発想力は、ますます重要性を増すでしょう。
ところが残念なことに、日本の企業はこの面で世界的な潮流から遅れつつあります。本書は、このような状況を少しでも変えることに寄与できればと願って書かれました。
本書が読者として想定しているのは、新しいアイディアを生み出したいと考えているすべての方々です。大学や研究所で研究開発に携わっている方々、クリエーター、執筆者等の方々、企業の企画部門で仕事をされている方々はもちろんのこと、どんな職場においても新しいアイディアを出したいと願っている方々です。

各章の概要は、以下のとおりです。
序章では、「アイディアの価値が高まっている」ことを述べます。GAFAと呼ばれる企業群の成長は、その象徴です。またAIの発達によっても、この傾向が促進されます。
第1章では、「発想はどのように行なわれるか」という「発想の法則」を明らかにします。発想する人は、あらゆる可能な組み合わせを考えるのではなく、無意味な組み合わせを直観的な判断によって最初から排除しています。また、アイディアの多くは偶然のきっかけで得られたように見えるのですが、重要なのは、それに先立って「考え続けていた」ことです。これが潜在的な意識の活動を始動し、そこで発想が行なわれていたのです。
第2章では、「どうすればアイディアを生み出せるか」という具体的な方法論を考えます。科学の基本的な方法は、過去に成功したモデルを新しい問題に応用するという「創造的剽窃行為」です。アイディアの発想でも、この方法が最も強力です。「モデル」は、多くの学問分野で基本的な働きをしています。これは、現実を抽象化したものです。モデルは、発想においても重要です。また、子供は、遊びを通じて発想の訓練をしています。
第3章のテーマは、「発想のために考え続ける」こと、つまり発想のための環境づくりと、仕事の進め方です。最も重要なのは、とにかく仕事を開始し、それを続けることです。つまり、仕事について現役であることです。歩くとアイディアの啓示を受けることがしばしばあります。また、集中できる環境を作る必要があります。
第4章では、「発想のための対話と討論」の重要性を強調します。ブレインストーミングは非常に有効です。ただし、質の高い参加者を集める必要があります。また、自由な議論が行なえることも必要です。知的な人々の集まりは発想には理想的な環境ですが、こうした集まりを作るのは、現実には簡単ではありません。そこで、問題意識を持って、読書を能動的に行なうことが考えられます。これは、誰にでもできる理想的な対話の方法です。
第5章では、「AI時代の『超』発想法」について述べます。AIの音声認識機能により、スマートフォンを用いて音声入力でメモを取ることができるようになりました。いくらでも記録を残して瞬時に引き出せる「超」メモ帳を構築できます。また、データベースを検索することで、ブレインストーミングと似た効果を期待することができます。新聞記事の見出し、過去に自分が書いた文書のデータベースなど、自分用のデータベースを作れば、もっと効率的です。さらに、アイディアのデータベースを作ることができます。
第6章では、「発想の敵たち」について述べます。それは、権威主義、事大主義、そして、異質なものや新しいものへの敵愾心です。自信の欠如や現状への小市民的満足のために、発想から逃げる人々もいます。先例主義、形式主義、横並び主義に毒され、失敗が許されない官僚組織は、発想には最悪の環境です。
第7章では、「間違った発想法」を批判します。発想を一定の手続きにしたがって進めようとする「マニュアル的発想法」には、問題があります。基礎知識の習得を軽視し、マニュアルだけに頼って発想しようとするのは、間違いです。マニュアル的発想法が有効な場合もありますが、多くの場合、それは落穂拾いです。
第8章では、以上の議論を「『超』発想法の基本5法則」にまとめます。1.模倣なくして創造なし。2.マニュアル的方法は補助手段。3.必要な知識をまず頭に詰め込む必要がある。4.方法論にこだわるよりは、環境整備を心がけるべきだ。5.必要は発明の母。

下記のQRコードをスマートフォンで認識させると、本書のサポートページに飛びます。ここには、本書の内容を補足する記事があります。

本書の執筆と刊行にあたって、PHP研究所第二制作部ビジネス課の中村康教氏、宮脇崇広氏に大変お世話になりました。ここに御礼申し上げます。

2019年8月
野口悠紀雄




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