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『リモート経済の衝撃 』:全文公開   第2章の1

『 リモート経済の衝撃』(ビジネス社)が1月21日に刊行されました。
これは、第2章の1全文公開です。

第2章 メタバースに向かって走り出した遠隔技術

1 移動しなくても仕事ができる「遠隔支援」

現場に行く必要があるが、すぐに行けない
 「遠隔支援」という技術が注目されている。
   現場から離れたところにいる熟練技術者が、現場の作業員と映像や音声を共有し、遠隔地からリアルタイムで支援することを可能にする技術だ。
 これを用いると、熟練の支援者が現場に行かなくても、現場にいるのと同じように仕事ができる。そして、現場作業を効率化し、正確に進めることができる。
 例えば、電気・通信などの工事では作業ミスを防ぐため、2人以上で現場に赴いて多重チェックを行なう規則になっている。建設業やエンジニアリング業では、工事の進捗状況などを確認するため、監督者が現場間を移動する必要がある。
 しかし、突発的な事故などで、必要な技術者をすぐには集められないことがある。現場まで数時間かかるような場合には、移動経費と時間コストがかかる。
 電話で遠隔地から支援しようとしても、現場の状況が正確にはわからないし、適切な指示も伝えられない。スマートフォンを使って映像を送ることはできるが、現場作業者の両手がふさがってしまうので問題がある。
 こうした場合に「遠隔支援」の仕組みを使う。すると、現場の状況を遠隔地で正確に把握できるし、適切な指示を与えることができる。そして現場作業者は、支援を受けながら作業を進めることができる。

「スマートグラス」で遠隔支援
 遠隔支援には、「スマートグラス」という装置が用いられる。これは見かけはメガネだが、通信機能を備えている。現場の作業者がこれを装着すると、遠隔地にあるオフィスのPC画面に、作業者の視界を映し出すことができる。こうして、現場と遠隔地で画像を共有することができる(図表2−1参照)。

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 共有するだけでなく、作業者の視界にデジタル情報を表示して支援・指示することができる。さらに 映像に書き込んだり、印をつけたりすることもできる(これを「アノテーション」という)。
 さまざまな企業によって、さまざまな製品が開発・販売されている。産業向けから一般ユーザー向けまで、多くの製品が登場しており、用途も多様だ。
 2020年度から建設現場の「遠隔臨場」の試行も始まった。遠隔臨場とは、離れた場所から臨場を行なうことだ。例えば材料確認の場合、通常は発注者が建設現場に出向いて仕様どおりの材料を使っているかどうかを検査する。遠隔臨場では、発注者は、受注者が装着したウェアラブルカメラで撮影した現場の映像を見て、仕様どおりの材料がそろっているかどうかを確認する。
 遠隔立ち会い、遠隔監査、遠隔点検なども可能だ。オンライン接客や、オンラインレッスンでの活用なども考えられる。
 スマートグラスを用いれば現場間の移動時間を短縮できるので、複数の現場を容易に確認できる。そして、コスト削減や作業工数の短縮が実現する。
 また、監督されているという意識を現場がもつことになり、品質向上を図ることができる。 


「スマートグラス」より進んだARグラスやMRグラス
 スマートグラスの機能は、遠隔地と画像などを共有し、視界の一部に情報を出すことだ。このため、比較的安価なものが多い。
 これよりもっと高度なものとして、ARグラスやMRグラスというものもある(ARはAugmented Reality:拡張現実。MRはMixed Reality:複合現実)。
 ARグラスやMRグラスは、消費者向けというよりは、業務用のものが多い。

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 マイクロソフトは、「HoloLens 2」を開発している(図表2−2参照)。スマートグラスが2次元画面で情報を提供するのに対して、HoloLens 2は3Dのホログラムで情報を提示する。高精度の空間認識機能を備えており、ホログラムを現実世界へ正確に投影することができる。ホログラムとは、物体に光を当てた反射光に、同じ光源の光を別の角度から干渉させてできる干渉縞を記録したものだ。その情報を取り出す技術がホログラフィーである。最近ではイメージセンサーでデジタル画像として記録し、コンピュータで元の画像を得る。
 例えば、現実空間にある壁や床などをカメラやセンサーで認識し、その上にデジタル情報を重ねて表示することができる。3Dオブジェクトを床や机の上に置いたり、壁に貼り付けたりすれば、物体がまるでそこにあるかのように見える。
 これまでの建築現場では、2Dで描かれた図面を用いる際に、作業者の感覚に頼っていた。ところが、HoloLens 2を用いれば、3Dの図面を直接現場に投影できるので、職人的能力に依存せずにズレなく設置することができる。

日本にいたままでメキシコの生産ラインを立ち上げ
 グローバルな自動車部品メーカーである武蔵精密工業は、コロナ禍で海外出張ができない状況下で、日本にいるままHoloLens 2を使って、メキシコ工場の新生産ラインを立ち上げた。
 現地のエンジニアが工場で見たり触れたりしているものを、日本の会議室と共有した。そして多言語対応のドキュメントを参照しながら情報交換した。
 トヨタ自動車は2020年10月から、HoloLens 2を、GR Garage56店舗に導入している。
 従来の2Dマニュアルではわかりにくかった部品やコネクタなどの配線や艤装に関する情報を、立体的に表示することができる。目には見えない空気力学の様子などを、3Dホログラムとして車体に重ね合わせて表示することができる。これによって、整備士は状況を直感的に把握できる。
 また、自動車のパーツや用品の取り付け手順を、現実の自動車に重ね合わせて表示することができる。これは、トレーニングや実際の作業時のガイドとして使用できる。
 以上のような業務用利用だけでなく、生活での利用も可能だ。例えば、机の上にバーチャルのピアノ鍵盤を表示させ、自分の指で押してピアノを弾くこともできる。
 HoloLens 2の価格は38万円というから、個人でも購入できないことはない。これを用いれば、ピアノのレッスンのために通う必要もないし、調律も不必要だ。

労働力不足に悩む日本でこそ必要

 以上で見たものは、在宅勤務とは違う。
 在宅勤務は、情報関連企業や管理部門なら導入できるが、製造業や建設業のように現場がある場合には難しい。そのため、製造業や建設業はテレワークとは縁がない業界のように思われがちだ。しかし、以上で述べたような変化が起こりつつあるのだ。
 製造業や建設業などの現場作業をオフィスから遠隔支援できるようになれば、仕事の進め方は大きく変わる。コロナが終わっても、これが残ることは確実だ。
 日本はすでに、労働力不足に直面している。とくに知識・経験のある技術者や熟練労働者が不足している。また、その知見を引き継ぐのにも時間がかかる。
 移動しないで済む技術を導入することは、日本の生産性をこれ以上低下させないために極めて重要だ。
 なお、遠隔支援の技術は、遠隔医療にも使うことができるだろう。



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