『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』:全文公開 第3章の2
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『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』:全文公開 第3章の2

野口悠紀雄

『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃 』(新潮社)が11月17日に刊行されました。
これは、第3章の2全文公開です。

2 デジタル人民元の詳細構造

デジタル人民元の発行の仕組み
 デジタル人民元の発行は、つぎのように行われる。
 商業銀行の資産サイドで、人民銀行の当座預金が1人民元減り、デジタル人民元が1人民元増える。
 同時に、人民銀行の負債サイドで、当座預金が1人民元減り、デジタル人民元が1人民元増える。その上で預金者が商業銀行との間で、預金とデジタル人民元の取引を行う。
 預金者が1人民元の預金をデジタル人民元に換えると、商業銀行の資産面では、デジタル人民元が1人民元だけ減る。負債面では預金が1人民元だけ減る。
 結局のところ、これは、預金者が現金を引き出す場合と同じだ。

デジタル人民元の流通の仕組み
 デジタル人民元の利用としては、当初は、食事、日用品の買い物、交通等の少額支払いが想定されている。
 そして、商店やレストランなどの店頭で、あるいはeコマースの支払いのためにオンラインで用いられる。
流通の仕組みはつぎのとおりだ。
 (1)店頭での支払いの場合には、消費者が商店のQRコードをスキャンする。あるいは、自分のアプリにあるデジタル人民元のQRコードを、商店にスキャンさせる。
オンライン支払いの場合には、スマートフォンのアプリで操作する。
 (2)アプリは、取引情報を人民銀行に送信する。人民銀行がそれを承認すると、送金完了。
 (3)人民銀行は、支払者の口座から受取者の口座に振替を行い、それを受取者に通知する。ただし、この過程において、支払者も受取者も、匿名のままにとどまる。
 ここで、つぎの2点が注目される。
 第1点は、近い将来においては、デジタル人民元は、消費者の少額取引が主たる用途になるということだ。そのため、取引額に一定の限度が設けられるだろう。
 これは、裏をかえせば、企業の多額の決済には用いられないことを意味する。また、富裕層が多額の資産を海外に移すといった目的にも利用できないことを意味する。
 注目すべき第2点は、支払い情報がすべて人民銀行に送信され、そこで口座振替の処理が行われることだ。つまり、完全に中央集権的な運営がなされることになる。
 では、仲介金融機関は、この過程でどんな役割を果たすのだろうか?これは、つぎに述べる台帳の構造とも関連する。

ブロックチェーンを用いるのか?

 仮想通貨では、取引の管理・記録に分散型台帳技術(DLT、またはブロックチェーン)を用いている。
 それに対して、デジタル人民元では、人民銀行がすべての取引を管理する。分散型台帳にしないのは、取引スピードの点で問題があるからだ。
 「ブロックチェーンを使わない」と言われることがあるのだが、これは、「ビットコイン型のパブリック・ブロックチェーンが使われない」という意味だろう。ただし、卸売り段階(人民銀行と仲介金融機関との取引)については、分散型台帳が利用される可能性がある。
 なお、デジタル人民元では「デュアル・オフライン決済」が可能だ。これは、スマートフォン同士を近づけて送金する仕組みである。通信が可能になったら、取引を人民銀行に通知する。地下鉄や高い山の上など、通信が届かないところでも使える。また、通信障害時、停電時にも使える。

匿名性が確保される
 紙幣には匿名性がある。これと同じにするため、デジタル人民元のウォレットは、銀行口座とは別のものとされる。
 繰り返しになるが、デジタル人民元のウォレットは、スマートフォンのアプリだ。これをダウンロードするのに、本人確認は必ずしも必要ない。ただし、本人確認をすれば、より多額の取引ができる。
 一定額までなら、取引相手に対しても、銀行に対しても、匿名で取引できる。ただし、どの程度の限度額になるかはまだはっきり決まっていない。
 以上は、「取引者が秘密鍵のレベルしか把握されていない」という意味なのだろう。しかし、人民銀行は、ウォレット配布の際に本人確認を行うはずなので、秘密鍵の保有者が誰であるかを把握しているはずだ。ということは、人民銀行に対する匿名性はないように思われるのだが、この点ははっきりしない。

オフライン決済が必要なのは、災害時などにも利用できるため

 以上で見たのは、利用者が自分の保有する端末にCBDCの残高を持ち、それを他の人の端末に送る場合だ。
 これは「オフラインのP2P決済」と呼ばれる(P2P〈Peer to Peer〉とは、対等の者同士の取引のこと)。
 ところが、電子マネーや仮想通貨の取引は、普通は、ネットワークに接続していることを前提として運用されている。そして、台帳は、管理者が管理している。
 したがって、デジタル人民元のオフライン取引は、これまでの電子マネーや仮想通貨ではなかったものだ。
 CBDCでこの仕組みが必要となるのは、「現金に代わっていつでも利用できる」ことを実現するためだ。
 オンライン決済の仕組みでは、通信障害時に利用が制約される。インターネットが使えない場合には、送金や受領ができない。
 また、オンライン決済だと、継続的な電力の供給が必要だ。そこで、店舗に設置されている読取用の決済端末は、停電時に利用するためには、自家発電機等の設備が必要となる。CBDCは、こうした場合にも利用できる強靱性を備えたものでなければならない。
 CBDCでオフライン決済を可能にするといっても、台帳は中央銀行が管理している。そして、オフライン決済を行うときには、利用者はオンライン環境のもとで台帳上に自身が保有するCBDCの情報を端末に記録する。
 それによって、自分の端末に「ローカル型」の価値保蔵を行うのだ。

国境を超えた取引は認められるか?
 第2章で見たように、現在の国際決済は、SWIFT(国際銀行間通信協会)を中心にしたものだ。この仕組みでは、手数料が7%程度と、きわめて高い。
 ディエム(旧リブラ)やデジタル人民元は、コストが安く、迅速に送金できる。したがって、それが広範に利用されるようになれば、きわめて重要な国際決済の手段となる。デジタル人民元が国際決済に使われれば、人民元の国際利用がもたらされることとなる。
 しかし、デジタル人民元が扱うのは当面は人民元のみで、外貨は扱わないだろうと考えられている。

銀行預金流出問題への対処
 CBDCが使われるようになると、銀行預金からの流出(とりわけ、金融危機において)が起こるのではないかと懸念されている。デジタル人民元においても、これを防止する措置が講じられている。
 人民銀行は、デジタル人民元には利子を付けないとしている。中国の無リスク利子率(国債利回り)は3%程度とかなりの高さなので、それだけデジタル人民元が不利になる。そして、銀行預金からの流出が防げるだろう。必要であれば、デジタル人民元に手数料を課す。これは負の利子と同じことになるので、さらに流出を防げる。
 また、デジタル人民元に保有限度額を課すことも考えられる。


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野口悠紀雄
一人の伝道師(エバンジェリスト)として、noteを使って何ができるかに挑戦します。