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『リモート経済の衝撃 』:全文公開   第2章の4

『 リモート経済の衝撃』(ビジネス社)が1月21日に刊行されました。
これは、第2章の4全文公開です。

4 メタバースはわれわれの生活を変えるか? 
  
世界の企業がつぎつぎにメタバース計画に参入

 メタバース計画を進めているのは、メタだけではない。
 マイクロソフトは「チームズ」に仮想空間で会議などができる機能を加えるとしている。
 ドイツのシーメンス・エナジーやスウェーデンのエリクソンは、GPU(画像処理半導体)のトップメーカーである米エヌビディアとメタバースを構築している。
 移動体通信技術と半導体の設計・開発を行なうクアルコムは、スナップドラゴン・スペイシーズというAR開発のプラットフォームを提供し、次世代のヘッドセットやゲーム端末に向けたARアプリの開発をサポートする。
 ウォルト・ディズニー、ナイキなども参入の計画だ。
 日本では、KDDIが「渋谷区公認バーチャル渋谷」という仮想空間を作っている。20年5月に公開され、これまでクリスマスやハロウィーンの催しが行なわれた。ユーザーが物販やイベントをできる。
 こうして、多くの人や企業が、メタバースに向けて走り出している。
 カナダの調査会社エマージェン・リサーチは、メタバース関連の世界市場は、20年の477億ドル(約5兆5000億円)から年平均43%で伸び、28年には8290億ドル(約95兆円)になると予測している。
 メタバースは、昔からあった。2003年にスタートした「セカンドライフ」がそれだ。2007年頃が人気のピークだった。リンデンドルという仮想通貨も発行され、仮想世界の中で使われた。しかし、その後ユーザー数が減少し、いまは忘れられた存在になっている。
 任天堂から発売された『あつまれ どうぶつの森』も、メタバースの一種だとされることがある。

「非代替性トークン」で、デジタルアーツが売買可能に。75億円の取引例も
 多くの企業がメタバースに関心を寄せる大きな理由は、仮想空間で経済取引が可能になるだろうという期待だ。
 これは、NFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)というブロックチェーン技術を活用するものだ。
 ブロックチェーンに取引情報を改竄不可能な形で記録していくことによって、インターネットを通じて経済的な価値を送ることができる。この技術は、すでにビットコインなどの仮想通貨で実証されている。
 ところで、仮想通貨の場合には、Aさんの持っている仮想通貨とBさんの持っている通貨は同じものだ(これをFungibleという)。それに対して、NFTでは、1つひとつの個別的な対象を区別して、取引を記録していく。
 これは、物流管理についてすでに提供されているブロックチェーンサービスだ。 
 ダイヤモンドについては、15年に設立されたエバーレッジャー社によって、サービスが提供されている。現在では、食料品などのサプライチェーンにも用いられている。
 NFTは、デジタル創作物に、この技術を応用するものだ。
 売買するとき、データと持ち主を第三者に頼らずに検証できる。これによって、メタバースの仮想空間に作られたデジタル創作物(建物や衣装など)の売買が可能になると期待されている。
 NFTを用いたデジタル創作物の取引は、現実の世界ですでに行なわれている。
 デジタルアート作家Beepleことマイク・ウィンケルマン氏のNFT作品「Everydays-The First 5000 Days」が約75億3000万円で落札された。
 また、Twitterの共同創業者ジャック・ドーシー氏の初めてのツイートが約3億1600万円で落札された。
 日本でも、小学3年生が夏休みの自由研究として作ったドット絵が約80万円で取引された。

コピーができるのに、「唯一のオリジナル」とは?
 ところで、ブロックチェーンに記入してあるのは取引の情報だ。
 デジタルな作品自体は、ブロックチェーンの外に保管されている。
 そして、NFTにはその作品のコピーを防止する機能はない。だから、簡単にコピーできる。
 実際、右に述べた作品もウェブで簡単に見ることができる。
 「初めてのツイート」に至っては、単なる文章なので、誰でも簡単に複製できる。
 しばしば、「NFTは、デジタル作品が唯一のオリジナルなものであることを証明する仕組みだ」と解説される。
 しかし、「唯一」とか「オリジナル」ということの意味については、注意が必要だ。
 リアルな絵画であれば、オリジナルな作品とその模写とは、詳細に調べれば、違いを見いだすことができるだろう。しかし、デジタルな作品の場合は、オリジナルとコピーに違いは何もない。
 違いは、創作者が認めた正当な取引を通じて手に入れたかどうかというだけのことである。
 今後は、コンテンツ自体の複製を不可能にするための方法が開発されるかもしれない。しかし、そうしたことがない現状であっても、前記のように巨額の取引が行なわれているのだ。

では、なぜデジタル作品を買うのか?
 デジタル絵画を見て楽しむだけなら、ウエブでタダでできる。
 それなのに、なぜ75億円もの巨額な支払いをするのか?
 2つの理由が考えられる。
 第1は、創作者からの正しい手続きを経て獲得したという自覚をもてることだ。それは、「虚栄心を満足させているに過ぎない」といってもよい。
 第2は、購入価格よりさらに高値で転売できる可能性があるという期待だ。その意味では、デジタルアーツの価格はバブルであるといえる。
 現在はもの珍しさで多くの人が参加しているが、そのうちに飽きてしまって、転売が不可能になり、価値がゼロになってしまう可能性も否定できない。

新しい法規制を探る
 経済産業省は、2021年7月、企業などがメタバース事業に参入する際の法的論点をまとめたリポート「仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業」を公表した。
 仮想空間内での商取引などをめぐる法律やルールの整備が課題になるとしている。異なる国の利用者間でトラブルが起きた場合の解決法、詐欺への対応、セキュリティー対策などを含む「メタバース新法」が必要だとしている。
 仮想空間における取引が盛んになるのは、望ましいことだろう。しかし、人々が仮想空間で過ごせる時間には限りがある。
 そしてわれわれは、リアルの世界から逃げ出すことはできない。人間は、仮想空間だけで生活できるわけではない。
 現実の世界を住みよく快適で安全なものにするのは、もっと重要なことだ。そのことを忘れてはならないと思う。




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