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『どうすれば日本経済は復活できるのか』 全文公開:第1章の6

『どうすれば日本経済は復活できるのか』 (SB新書)が11月7日に刊行されました。
これは、第1章の6全文公開です。

6.購買力平価で国際比較をすることの意味

中国はすでに世界一の経済大国?

   GDPで見て、世界一の経済大国はアメリカであり、中国がそれに次ぎ、日本が第3位。これが一般的に考えられている世界像だろう。
 確かに、IMFの統計サイトを見ると、市場為替レート評価ではアメリカ、中国、日本の順だ。
 ところが、同じサイトには購買力平価によるデータもある。それによると、中国、アメリカ、インド、日本の順になり、中国がアメリカより上位、インドが日本より上位になる。この指標によるGDPの規模で、中国は2017年にアメリカを抜いた。インドは2009年に日本を抜いている。
 日本の生産性は他国に比べて低いと、よく言われる。
 あるいは、日本の賃金が他国に比べて伸び率が低く、最近では韓国に抜かれたとも聞く。しかし、別のデータを見ると、韓国の値はまだ日本より低い。どちらが正しいのか?
 円の実質的購買力が1970年代後半と同程度にまで低下してしまったことも話題になった。これは、一体どういう意味なのか? 日本人の生活レベルが、1970年代後半まで戻ってしまったということだろうか?
 これらの問題は、各国間の比較を行う場合の為替レートとして何を用いるかに関連している。そして、これは、かなり分かりにくい問題なのだ。

「購買力平価」とは何か?
 国際比較を行う場合に最も分かりやすいのは、その時点における市場為替レートを用いることだ。ただ、多くの国際比較データで、これとは異なる為替レートが用いられている。それは「購買力平価」という概念だ。
 この概念を理解するのは、それほど簡単ではない。その意味を正確に理解しないで使うと、誤った結論に導かれる恐れがある。
 購買力平価には、以下の2つがある。
 第1に、「絶対的購買力平価(Absolute Purchasing Power Parity)」という概念だ。これは、簡単にいえば、世界的な一物一価の法則が成立するような為替レートだ。OECDやIMFのウェブサイトでは、この値が算出されている。前項で紹介したIMFのデータは、絶対的購買力平価による国際比較である。
 この為替レートで換算すれば、同一の財やサービスの価格は、世界のどこでも同じになる。「ビッグマック指数」は、絶対的購買力平価の一つの例だ。これは、世界各国で売られているビッグマックは同一品質だから、同一価格であるべきだとの考えに基づく。
 絶対的購買力平価を用いると、発展途上国の値が大きく評価される傾向がある。前項の国際比較でインドや中国の順位が高くなるのは、このためだ。
 第2に、「相対的購買力平価(Relative Purchasing Power Parity)」と呼ばれるものである。ある国の時系列的な変化を評価するためのものであり、次のようにして算出される値だ。
 説明を簡単にするために、日本では消費者物価上昇率が0%であるが、アメリカでは10年間に20%上昇するとしよう。賃金上昇率が物価上昇率と等しいとすれば、いまから10年後に日本人がアメリカで同じ値段でものを買うには、為替レートがいまより20%ほど円高になっていなければならない。仮に現時点のレートが1円=0・009ドル(1ドル=110円)であるとすれば、1円=0・0109ドル(1ドル=91・7円)になっている必要がある。このレートが、2020年基準での2030年の購買力平価である。なお、この計算での物価は、消費者物価以外のものが用いられることもある。

購買力平価は、為替レートのあるべき姿を示す
 以下では、相対的購買力平価について述べよう。このようなレートが用いられる理由の一つは、GDPの将来予測などを行う場合に、将来の為替レートを予測できないからだ。
 消費者物価であれば、過去のデータなどからある程度の見当がつく。そこで、将来時点での為替レートとして、購買力平価が用いられるのである。
 なお、将来の実際の為替レートがその時点の購買力平価と一致するかどうかは、分からない。それを実現するような力がマーケットで働くと考えられるが、実際にそうなる保証はない。為替レートの決定メカニズムは極めて難しい問題なので、ここでは立ち入らないことにする。
 なお、購買力平価が計算されるのは、将来についてだけではない。過去にさかのぼって計算されることもある。さらに、基準時点は、現在とは限らない。過去の時点を基準にすることもある。
 過去の時点を基準とする購買力平価を見ると、次のようなことが分かる。
 あるときまでは為替レートが自由に動いていたが、その後為替介入が行われて、その国の通貨が安くなったとしよう。もし為替介入が行われなかったらその後の為替レートはどうなったかを知りたければ、介入開始以前の時点を基準にする購買力平価を見ればよい。日本の場合、1990年頃から為替介入が行われるようになったので、このような指標には意味がある。

「実質為替レート」で見た豊かさは、70 年代に逆戻り
 仮に、ある時点を基準とする購買力平価が、1ドル=90円だったとする。このとき、現実の為替レートが1ドル=110円なら、購買力平価に比べて円安になっている(過小評価されている)ことになる。つまり、基準年に比べて円の購買力は低下していることになる。
 これを表すのが、「実質為替レート」という指標だ。これは、現実の為替レートと購買力平価との比率だ。いまの例を、基準年を100とする指数で表せば、90×100÷110=82だ。
 日本銀行の統計サイトには、図表1-6に示すように、2020年を100とする指数が示されている(元のデータは、BIS:国際決済銀行が算出)。これは、ドルだけでなく、さまざまな通貨に対する為替レートも含めて、貿易額等による加重平均を計算したものだ。

これは、「実効レート」と呼ばれる(なお、「名目実効為替レート」と呼ばれるものも計算されている。これは、指数化した為替レートを貿易額等で加重平均したものだ)。
 円の実質実効為替レート指数は、1970年代前半には100未満、後半には100~110台だった。その後上昇し、80年代後半に150台程度となり、90年代には180~190台程度となった。
 しかし、95年頃がピークで、その後は低下。2000年頃には140程度となった。13年以降は、概して100を下回る水準が続いていた。そして、21年10月に、90を割り込んでしまった。つまり、指数が1970年代後半の水準まで逆戻りしてしまったのだ。
 ところが、その後の円安の進行で、2023年6月の実質実効レートは、74・18にまで低下してしまった。1970年1月が75・02なので、それより低い。95年5月には191・35だったので、それと比べるとあまりの低さに言葉も出ない。


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