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我が宿命の漏れやすい蛇口

「すべてについてです」
俺は面接官に言った。

「君はどうしてその歳になるまで定職に就こうはと思わなかったんですか?」
その面接官は俺の目を覗き込むようにして聞いた。どんな理由をつけて釈明するのかと嘲(あざけ)るような視線だった。
「僕は小説家です。アルバイトはしてました」
俺は悪びれずに言ってやった。が、次には屈辱的なことを言わなくてはならなかった。
「そろそろ潮時かと思い、仕事を探しています」
「じゃあ、今は書くのを辞めたのですか?」
「まだ辞めてません。今でも書いてるものがあります」
「タイトルは?」
「『我が宿命の漏れやすい蛇口』です」
「すごいタイトルだね」
「パクリです」
「どういう話?」
「すべてについての話です」
「すべてとは?」
「引き寄せの法則、ビートルズ、焼鳥紀行、温泉紀行、若い女の子のおしり、キックボクシング、凄い男、とにかく私にとっての全てについて書いています」
呆れたのか何なのか、面接官は黙ってしまった。俯(うつむ)いて俺の顔すら見なくなった。
「採用」
何だって!今度は俺が聞き直すことになった。
「なぜですか?」
「なぜって、あなたは仕事をするためにここに来たんでしょう。頑張ってください。あと、今書いてるの、辞めずに続けてくださいね」
一言お礼を言って、俺はその場を後にした。
あ〜ぁ、また働くのか。

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