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朝、通学電車での邂逅

彼は幼馴染。
ガキ大将の面影を残し、大きくなった身体は座席で窮屈に囚われの身のよう。
くたびれたネックウォーマーはクタクタでツルツルで窮屈な制服の上を巻き、パンパンに張った太もも足下に部活で使っていた大きなエナメルバッグをその両脚ではさみ、前屈みに両の膝に両の肘をのせ、短い袖から出たゴツゴツした手にあるのは、本。

その大きな手に包まれた文庫本が小さい。
彼が本を読んでいる。その図は視界の隅に入っていたが意外なことで認識されなかった。が、僕が彼を忘れるはずもない。

小学生時代、彼は誰より腕っぷしが強かった。そして誰に対してもぶっきらぼう、でも優しかった。そんな彼は僕の憧れであり恩人でもあった。
対して僕は見栄っ張り。気が弱いのを隠すために強がって、よせばいいのにカッコつけ。ケンカする度胸も無いのがバレてなぶられているところを彼に助けてもらったことがある、何度も。

幼き頃の恥部が甦り内省。
そのうち彼が徐(おもむろ)に立ち上がり、電車の揺れに合わせて揺れながらこっちに向かってくる。この駅で降りるのだろう。

僕と気づかずに近づいてくる。わかるはずもないか、、 ここ5年はほとんど顔を合わせていない。

ト目が合う。ぶっきらぼうな高校生の顔が腕白坊主に戻る。覚えてるんだ。何か言いかけたが言葉が出ないよう、
僕の方から「久しぶりやね」
「おぉ、、元気か、、」と彼は屈みながら扉を抜ける。
手にあるのは文庫本。森鴎外の短編集。

パンパンに膨れた重そうなエナメルバッグを軽々とからい(背負い)「またな」と彼は去る。

心が澄んだ。僕の名前は出てこなかったんだろう、と彼らしい人柄を思い出しほくそ笑む僕、

対角線であの子が微かに笑っていた。


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