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仕事はおもに映像です。


#部屋にいても世界は撮れる

最近はモデルのプロフィールに「主な仕事:映像関係」と書かれていて、「写真のモデルはよくやりますか?」と聞くと、「いえ、映像のほうが多いです」と答えます。
写真も映像だけどね、と思うけれど、業界の習慣になっていて面白いです。

映画は、音楽、文学、写真と並んでずっと好きでした。いちばん暇だった頃は、年に300本くらい見たこともあります。
物語を持った映像が音楽を伴っているわけだから、好きなものがギュッと凝縮されているわけです。嫌いなわけがない。
写真を仕事にしたいと思うようになってからは、活かせることはないかと分析的に見ていた時期もあるし、撮影監督のインタビュー記事なども読むので、映像と物語が興味の中心にあったのは間違いありません。

でも自分で撮ってみようと考えたことはなかったです。専門家たちの世界という意識が強くリスペクトがあったから。
クオリティを求めるとすごくお金がかかってしまう、一人じゃ撮れない、というのも理由でした。
余談ですが、ディコルシアはもともと建築を学んでいて、でも建築は高い志を持って設計しても、形になっていくプロセスで多くの人が関わり、多くのお金が動くから、妥協せざるを得ないことがあり、写真はすべてを一人でコントロールできたから魅力があったとインタビューで答えています。
その彼が肖像権の裁判で有名になったのは皮肉ですね。

#部屋にいても世界は撮れる

デジタルがカメラの主流になり、CMOSの進化とミラーレスの普及が後押しして、動画は必須の機能になりました。ビデオカメラを構えている人を見かけることはほとんどありません。
少なくとも機材に関しては、動画のためにわざわざ専門のものを買い揃える必要はなくなりました。
もうひとつは動画編集ソフトとプラグインの進化で、市販されているノートパソコンで4Kが編集・加工できます。
わからないことがあればYouTubeにチュートリアルもたくさんあって、動画を始めるハードルはかなり下がりました。

そこにfpが登場。動画と写真をシームレスに撮れる、がウリ。
これを使ってクオリティの高い動画を撮って驚かせよう!という気持ちよりも、fpというカメラの特性を生かして、写真のスキルがどれだけ動画に役立つのか、どんなことで困るのか、リストアップしていくようにして動画を撮って、編集して、最終的に「でもね、写真だったらこれを一瞬に凝縮できちゃうんだよ。すごいですよね」というオチにするつもりでした。

素材となる短いクリップを撮っているうちに、CP+の中止が決まり、コロナウィルスが広がり、外の世界に被写体を求めていくことが難しくなっていきました。
写真ファンたちのあいだに閉塞感が漂っているのでは、とメーカーの人と話したこともあります。
なにか提案できることはないだろうか?と考えてみました。

スタイケンの「部屋にいても世界は撮れる」という言葉をずっと大事にしてきたので、自分がモデルになってみようと思いました。メイプルソープのことあんなに敬愛していても、セルフポートレートは撮ったことがなかったのに。
自分自身だけでなく、愛用しているもの、部屋のなかで好きな場所にもカメラを向けて、そういったものを慈しむのもカメラの力です。
撮影というプロセスのなかで、好きなものと深く関わり、自分自身を知ることができる。

マグナムと富士フイルムによる「HOME」展で、アレック・マイヨールが「写真ってのはさ、ルー・リードの『I'll be your mirror』みたいなものだって思うんだよ」と語っていました。
この歌詞は、もしあなたが自分を見失ったときには私が鏡になりましょう、というものです。
シャーカフスキーは、写真を鏡と窓に分類して、そこから世界を見つめるか、自分を投影するか、どちらかなのだと新しい視点を持ち込みました。窓から始まり、鏡になっていくのが芸術の姿だと主張する人もいます。
ぼくは現代写真は、夜に窓から世界を見つめるようなものだと思っています。ガラス越しに世界を見ているつもりでも、そこには自分の姿も写っていて、レイヤー化された映像として認識している。その感覚を共有するためにどんな表現の形態があるか模索しているのが、ティルマンスの展示やグルスキーの作品スタイルにつながっていると思います。

#部屋にいても世界は撮れる

動画を撮ってみることで、ふだんよりも不自由になってしまうことにより、写真の気軽さを実感したり、ボケやピントが映像のなかでどれだけ重要な役割をしているか考え直す、良い機会にもなりました。
動画はお金をかけると簡単にクリアできることがあって、例えば数千円のプラグインひとつで「セブン」みたいなトーンにできたり、五万円くらいのジンバルで「シャイニング」みたいなドリーができるようになります。もちろん、だからといってデヴィッド・フィンチャーやキューブリックのように人を魅了できるわけではないです。
写真を撮っていて、新しい機材を手に入れたからってスティーグリッツに近づける気はしないですよね。
でも動画のほうが安価なガジェットに溢れていて、そういう点で写真はある程度は成熟してしまった分野で、動画はまだ成長しているのだと思います。プロだけの世界じゃなくてアマチュアに裾野を広げている段階かもしれません。

長くなってしまいました。
動画はこちらです。
大事なことなのでもう一度繰り返しますが、「部屋にいても世界は撮れる」という提案です。写真にとって最高の季節になっていくけれど、それでも。
音楽業界もダメージは深刻なはずだけれど、ミュージシャンが家庭のなかで即興演奏をしてSNSで配信しています。
ひとりで部屋にいても、やっぱり写真は素晴らしいもので、これがなかったら人生は味気ないものだろうな、と思ってもらえたら。


使用機材
カメラ:SIGMA fp
パソコン:MacBookPro 2018、iMac 2015
編集ソフト:Final Cut Pro X、Filmore 9
レンズとアクセサリーは使えるものは片っ端から試してみました。


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