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わたしがくるりに出会ったときのこと

最近、洗濯物を干すとき、決まってイヤホンしてくるりを聴いている。
心が静かにざわざわする感じ。
わたしがくるりに出会ったときのこと。ちょっと思い出してみようかな。

今から20年前。20世紀の終わりから、21世紀の始まりの境目。
プリクラ、ルーズソックス全盛期。
携帯の着メロは単音。液晶画面は緑・オレンジ・黄色から選べた。
高校に入学し、わたしは念願の携帯を手にした。
ことあるごとにセンター問い合わせ、ワン切り。
帰り道、息を吐くようにプリクラを撮り、人数分に切り分けたのち、広く浅く交換する。
無意味に忙しく、愛すべき無駄だらけの高校生活がスタートした。

そんな高1の夏。
秋の合唱コンに向け、手元に戻ってきた曲決めアンケートの用紙を眺めていた。
合唱曲と当時のヒットチャート的ポップソングがひしめく中。
ひときわ異彩を放つ回答をみつけた。
クラスの無口な男子が「春風/くるり」と書いていた。

文化委員として、リサーチのため勇気を出して無口男子に近寄った。
「春風ってどんな曲?」
『・・・いい曲だよ』
無口男子はちょっとはにかんでから、そう言った。
灼けた肌に白い歯が光って、ポカリかアクエか何かのCMみたいだった。
「そっか~」
わたしもえへへと笑ってはみたが、実はひとつも腑に落ちてはいなかった。
『いい曲』の一言では、そこにどんな風が吹いているのか、見当もつかなかった。
【くるり】というコロコロしたアーティスト名もいっそう謎感を高めていた。

それを察したのか、無口男子は翌日春風をダビングしたMDを持参した。
文化委員の友人と共に彼のウォークマンで鑑賞した。

揺るがない幸せが ただ欲しいのです

ギターの素朴なイントロから、モノローグ的にポツリとそう始まる。
僕。あなた。シロツメクサ。汽車の窓辺。
しあわせって何だろう?浮かんでくる情景。
優しくて切なくて、ろうそくに照らされるほっぺたみたいな歌。

気づいたら雨が降って どこかにいって消えていき
手を伸ばし確かめ合ったら 眠ってるあいだ口づけして
少しだけ 灯を灯すんです

「いい曲・・・」そんな言葉がしみじみと浮かんで、消えた。
わたしの耳が初めて岸田氏の声を知覚し、くるりの世界にじかに触れた瞬間だった。

そして、我がクラスの合唱曲はミスチルの『抱きしめたい』に決定した。
(多数決の結果。文化祭当日、わたしたちは歌の中盤で始まった上級生の”帰れコール”を一身に受けながら消え入るような声で歌い切った、というのはまた別のお話。『抱きしめたい』は素敵な曲。だが、高校生が歌う場合における合唱向きではなかったのかもしれない。仮に『春風』が採用されていたとて、それが合唱向きであったかどうかは同じく疑問だけど)
こうして、高1の秋が過ぎていった。

ほどなくして高1の冬。驚くべきことが起こった。
かの無口男子が『TEAM ROCK』をMDに録音して渡してくれたのだ。何も言わず。
心底驚いた。「ありがとう」と言うのが精いっぱいだった。
もらったMDを大切に聴いた。
みるみるうちに春風だけじゃないくるりのことを好きになった。
わたしの人生に(恥ずかしながら)ロックが灯った。

「くるり、すっごくいいね!」彼に感想を伝えたか伝えなかったか。
ただ、お守りのようにMDをどこに行くにも持ち歩いてた。
持ち歩きすぎて、いつの間にかどこかに落として失くしてしまった。

当時付き合っている人がいたわたしは、無口な彼(彼にもまた恋人がいたような気がする)のことを好きにはならなかったし、結局MDは失くしたが、くるりを好きという気持ちは大きくなる一方だった。
さかのぼって図鑑やさよならストレンジャー、ファンデリアもむさぼるように聴いた。

部活の後のけだるい夕暮れの帰り道。
ローソンまでの寄り道。
図書館の自習室。
足になじんだ黒いローファー。
日本史資料集の落書き。
小さく折りたたんだ手紙の小さな文字。

わたしがくるりと出会ったときのこと。
思い出してたら、思い出した。青くて、痛くて、恥ずかしい頃のこと。
高1の冬に付き合っていた人とも春にはお別れした。
人を本当に好きになるには、わたしはまだ幼かった。
ルーズソックスは高2から禁止になった。
携帯は液晶がカラーになって、着メロも和音が奏でられるようになった。
いつだってくだらないことで笑い転げていたし、飽きることなくプリクラも撮り続けた。
簡単に人を好きになったり、好きじゃなくなったりした。

ひとつずつ恥をかいて、くりかえし失敗して、何度でも叱られて、ワールドイズマインを聴き、ハイウェイを聴き、アンテナを聴いた。
NIKKIも、ワルツを踊れも、魂のゆくえも、そこにあった。

あれから20年。わたしはずるくなって、こわがりになった。
でもくるりは、変わらない。
メンバーは入れ替わったけど、その度に新しくなった。新しくなるたびにもっともっと優しくなった。
僕の優しさも年をとる。本当にそんな感じだ。
毎日、洗濯物を干しながら、いつだって涙がこぼれそうになるのをどうすれば良いんだろう。
久しぶりに【春風】を聴いた。どこかに落としたMDを思い出した。

遠く汽車の窓辺からは 春風も見えるでしょう
ここで涙が出ないのも しあわせの一つなんです
ほら また雨が降りそうです
【春風】

あの無口な男の子に「くるりのこと大好きになったよ」ってちゃんと言えたっけな。

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