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マウスピースは世界を救うかもしれない

左ストレートをお見舞いされたわけではないのだが。

ポキ、ポキ。かれこれひと月ほど続く、左あごの不調。
8枚切りのトーストでさえ、タイミングと力加減を間違えると凶器になる。
固い食べ物が怖い。
まんじゅう怖い的な話ではない(鶏軟骨の唐揚げとか大好きなのに)。
なんなら、たとえ柔らかくても厚みがあれば怖い。

先週末、昨年オープンしたばかりのクリニックで診てもらうことにした。
待合にいる時から感じていたが、どうやら先生が陽気な感じ。
診察室(個室)を行ったり来たりするたびに「ちぃーっす!」ばりのテンション高めな声が響く。「ひさしぶり~!」「調子どうよ~」
患者さんとの親しげな談笑。ハイタッチでもしているのか?

いざ診察。「おんおん、あごね、痛みある?そーっかぁ、じゃとりあえずレントゲン、いっちゃいましょうか!」と、アゲアゲオーダー。
若い先生。マスク越しにも伝わってくる笑顔の無垢なこと!
レントゲンと診察の結果、右上の口腔内の内側に生えている犬歯のせい(乳歯を抜いた話)で「あごに歪んだ力が加わってるんちゃうかな?」と。
どこに行っても勧められる矯正をここでも勧められた。
いまさら矯正なんて、という気持ちと、痛みを何とかできるのならば矯正もやぶさかではない、という気持ちがシーソーゲームをし始める。

費用がネック、と迷う私に「矯正はまたゆっくり考えるとして、日頃の噛みしめをマウスピースで緩和しちゃいまshow time!」(私にはそう聞こえた)と提案してくれた。

そう、私はいつも無意識に噛みしめている。
明け方の歯ぎしりはゴリゴリだし、日中も上下の奥歯は(本来自然に離れているのが正しい位置らしいが)触れているどころか噛みしめている。

歯型を取ることになり、上の歯にベットリとしたピンク色のスライム様のものを貼り付けられ、3分間の静寂。
遠くに機器の音、陽気な先生が談笑する声、横たわっている個室内は静かで、口腔内のひんやりとした質感に集中。
窓の外には流れる秋の雲。マインドフルネス。

痛み止めを処方され、マウスピースは「なる早で作成しまーす」と。
陽気な先生にも不思議と好感が持て、対照的に落ち着いた雰囲気の歯科衛生士さんたちがとても頼もしかった。
そうして、数日後にはマウスピースデビューを果たした。
おもむろに試着。違和感しかない。でもやるしかない。
「慣れるまでつらいかもしんないすけど、がんばってつけてくださいね!」
歯ぎしり、噛みしめ。撲滅キャンペーンの始まりだ。

1日目。歯磨きをして装着。悲しいかな口が閉まらない。
眠る。眠りが浅い。あ、噛んでる。ゆるめる。の繰り返し。
起床後、マウスピースを外すと前歯が痛む。つけているときには感じなかった痛み。
夕食。家族のだんらんとともに食卓は普段通り。
しかし、ここで、強烈な違和感を覚える。(バーン!!衝撃音)
ポキポキがこない!
こんなに即効?半信半疑で夜が更けていく。

2日目。装着時の違和感はまだ大きい。
サ行とタ行が言いにくい。おやスみなサい。またもや変な夢を見た。
気がつくと、やはり噛みしめている。明け方、あくびをするとポキ。
起床後、マウスピースを外すとしばし訪れる前歯の痛みは昨日と同じ。
朝ごはんの時も、お昼ごはんの時もポキポキ。
しかし、その後。やはりやってきた。昨日と同じ現象が。
ほんの束の間、ポキらない時間が現れたのだ。
かっぱえびせんも、チョコレートケーキも、本当に美味しくいただいた。
おやつタイムを心から噛みしめた私だった(精神的噛みしめは随時行いたい)。

そんなわけで、マウスピースの底力を早くも実感している。
マウスピースのおかげで、日ごろ自分がいかに噛みしめているかに意識が向くようになった。
たとえ就寝中に歯ぎしりしても、奥歯がすり減る心配がない。

マウスピースは、世界を救う。かもしれない。
次に診察で先生に会ったら、うっかりハイタッチしてしまうかもしれない。
マウスピースにはそのくらいの高揚感と期待を寄せている。
さらなるノーポキタイムを求め、今夜も口をうっすら開けたまま眠る。

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