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【創作ss】 衝動

 青空は綺麗だった。今日も何もかも穏やかだった。静かな時間がリビングに満ちている。だから、狂いそうになった。けれども、それはおかしいと、理性を無くすことにもブレーキがかかる。  私は全ての生活を整えている。優しい配偶者がいて、二人で夕飯を食べる時、必ず会話をする。私はこの新築の家を綺麗に保つ。フローリングを磨いて、掃除機をかけて、洗濯物を干して、畳んで、私が欲しいと言った箪笥にしまう。  ただ、幸せに浸ればいい。申し分のない配偶者は、毎晩家でご飯を食べて、飲み会があっても「先に寝ていなさい」とメールをくれる。そして酔っ払って帰ってくることは無い。私を不安にさせることは無い。出来ないことがあっても、優しく教えてくれるし、代わりにやってくれる。理想的なパートナーだった。  おかしいのは私。昔から綺麗に並べられたものが苦手だった。貰い物のお菓子が箱の中にきちんと詰められているのを見ると気持ち悪くなった。母は几帳面だった。服に皺ひとつつかないようにアイロンをかけて、栄養バランスが考えられた献立で毎日料理をしていた。父は厳格な人だった。入る高校、大学、部活まで決められて、耐えられなくなったのかある日私は綺麗に整えられた家を破壊した。  自由もある、尊厳もある、配偶者の家族とも問題なく付き合っている。子供をつくるかどうかも、私の意思を尊重してくれている。何が、不満なの?私は私に苛立っている。初夏の気持ちの良い風に揺れている淡いクリーム色のカーテンを見て、台所の包丁の位置を脳内で確認している。  今日も、配偶者が帰ってくる。私が作る料理を食べて、今日の出来事を話して、笑う。そうして綺麗に整えた寝床で二人は眠る。毎日くり返かれる幸福の模範的生活。幸せを確認しながら、頭の後ろで何かが割れる音がする。

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