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GAROへの道はなにで舗装されているか

その3:想定外の大当たり『学生街の喫茶店』(約5分で読めます)

緊急事態宣言に伴う自粛期間中。
シナリオライターである私は、作品へのヒントとして、しかるべき音楽を捜していました。
その結果、GAROと出会い、グループ結成後50年経ってから新規のファンになったのです。

1970年に結成した当時のGAROは、Crosby、Stills&Nashをはじめとした洋楽のコピーをレパートリーとしていました。
そして、かまやつひろしのバックやトワ・エ・モアの前座をつとめたり、中津川フォークジャンボリーに出たりしながら着々とオリジナル曲を作っていきます。
70年代の芸能界ではデビュー曲を出す前にテレビやイベントに出演することがよくあったようで、GAROと縁の深い加橋かつみのいたザ・タイガースも、正式デビュー前にフジテレビの『ザ・ヒットパレード』に出演しています。

GAROがデビューシングル『たんぽぽ/一人で行くさ』を出したのは結成の翌年、1971年10月10日のことでした。
レコード会社はコロムビア傘下のマッシュルームレーベル。
ジャケットの隅に可愛らしいキノコの絵がついています。
『たんぽぽ』は作詞・ボーカル、作曲・マーク。
『一人で行くさ』は作詞作曲・トミー。
この二曲はどちらもA面候補だったそうですが、タイプの違う曲なので両方ともいいんですよね。
美しい音色のギターは、もちろんマークとトミーが弾いています。
この二曲を含めたファーストアルバム『GARO』は同年11月25日に発売されました。
ファーストアルバムの段階では、山上路夫が二曲だけ作詞をしていますが、あとは曲作りも演奏も自分たちで手がけています。
結成までの経緯を見ればそれが当たり前と思えるのですが、これが当たり前ではなくなってくるのがGAROの運命の不思議なところです。
ファーストアルバムは、洋楽ファンやギターを弾く人たちの間で高い評価を得たようです。
GAROファンの間でもいちばん人気が高いのはこのファーストだと思います。
後にセカンドシングルとしてカットされたトミー作曲の『地球はメリー・ゴーランド』は万年筆のCMソングとなりヒットしました。

こうして玄人ウケの活動を始めたGAROに、早くも転機が訪れます。
マッシュルームレコードの業績がふるわず、レーベル中いちばん売り上げの良かったGAROは大衆路線を強いられることになってしまうのです。
職業作家の作詞作曲による『美しすぎて/学生街の喫茶店』およびメンバーのオリジナル曲がないアルバム『GARO2』が出たのは1972年6月のことでした。
一般ウケを狙うからといって、いきなり全曲を職業作家に依頼というのは極端過ぎませんか。
ましてやGAROにはマーク、トミーという天才的コンポーザーがいるのに!
これにはメンバーも抵抗し、折衷案としてアルバムのB面は三人の選んだ洋楽で揃えることになりました。
この案も中途半端で、洋楽なのに全部日本語詞。訳詞をGAROが手がけているのがせめてもの救いでしょうか? クレジットはGAROとなっていますが、殆どボーカルが書いたそうです。
三人を結びつけることになったミュージカル『ヘアー』からの『グッド・モーニング・スターシャイン』(日本語詞なのでタイトル表記もカタカナ)をラストにアルバム『GARO2』は幕を閉じます。
ハーモニーが爽快で、『ヘアー』に出なかったトミーがいちばん元気よく歌っているのが可愛くて大好きな曲です。
朝いちばんに聴くのにピッタリです。

1972年6月10日にリリースされた『美しすぎて/学生街の喫茶店』。
ヒットの兆しを見せたのは意外や『学生街の喫茶店』の方でした。
ラジオのリクエストから火がつき始めた『学生街の喫茶店』は1973年春、ついにヒットチャートの一位を獲得します。
殆どハモらない、ギターの聞かせどころもない(実際テレビで歌うときにはギターを持っていないことも多かった)ちょっと暗いこの曲が、なぜ?
まったくの謎です。
ちなみに、作曲者のすぎやまこういちがリードボーカルに指名したのはトミー。
しかしプロデューサーのミッキー・カーチスは最初からボーカル(大野真澄の愛称の方のボーカル)でいくと言っていたそうです。後年のラジオでボーカルがそう言っていました。
私も、歌詞が回想と諦観に満ちているので、ここはいちばん大人っぽい声のボーカルが歌うのが合っていると思います。

気が付いたときにはGAROはテレビに出まくっていました。
その頃のGAROの扱いはフォークソングのグループだったと思います。
当時はアコースティックギターを持っていれば何でもフォーク。エレキギターならグループサウンズという扱いでした。
グループサウンズブームが終わり、フォークソングが盛り上がり始めたちょうど境目の時期にGAROが嵌っているのです。
『学生街の喫茶店』の内容から、カレッジフォークと見なされても仕方がない気はします。
カレッジフォークというのは、大学生を中心としたグループが歌うフォークソングのことで、彼らはプロ志向ではなく、卒業と同時に解散するのが大多数だったそうです。
そして印象に残るのは歌詞に出てくるボブ・ディラン。
この曲でボブ・ディランを知ったという人、多いですよね。
ボブ・ディランがノーベル文学賞をとった2016年には『学生街の喫茶店』を思い出す人、多数。
ですが洋楽を得意としていたGAROがボブ・ディランをカバーしたことはありません。私が調べた限りですが。ソロだからですかね?
GAROの腕があればどんな曲だろうがコーラスアレンジできそうなものですけれど。
(つづく)
(文中敬称略)


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